バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

オランダ農業が日本農業の参考にならない理由

1.はじめに

TPPやFTAへの対策の一環として、日本の農業を輸出志向に切り替えようという提案が盛んに為されています。日本は少子高齢化の解決の見込みが全くないので、日本国内の農業市場が今後縮小することは明らかです。だから、海外への農産物輸出を増やすことで農業を振興しよう、という理屈はよくわかります。
その際、日本と同じ先進国で、狭小でありながら農産物の輸出で大きな成功を収めているオランダが目標例としてよく提示されます。

参考:オランダの農林水産業概況(農水省)
オランダの農業と農産物貿易 ─強い輸出競争力の背景と日本への示唆─(農林金融)
オランダ並みのトマト収穫、植物工場で都市部への安全・安定生産が実現へ【後編】(日経BP)
安倍首相も驚いたオランダ植物工場(日経ビジネスONLINE)

ここで、オランダを参考とすることは妥当なのでしょうか。結論から先に行ってしまうと、技術の面では大いに参考になると思います。ただし、仮に日本がオランダを上回る農業技術を手に入れたところで、オランダのような農産物輸出大国になることは絶対に不可能です。その理由を簡単に述べます。


2.オランダのアドバンテージ

オランダの農業で特に日本の注目を集めているのが施設園芸作物です。簡単に言うと、温室やビニールハウス、植物工場などで栽培される野菜や花や果物です。
世界の農業に関する生産量、貿易量を見ると、大半は米や小麦、トウモロコシなどの穀物です。ところが、穀物は単価が安いので、薄利多売方式になります。となると、アメリカやオーストラリア、中国やブラジルのように広大な国土で大量に穀物を栽培できる国が有利になります。狭い国は、消費量が少なくても単価が高い野菜や果物、花で勝負を挑むことになります。ここでは、施設園芸作物の輸出について日蘭比較を行います。具体的には、オランダが施設園芸作物の輸出を行うに当たり、日本と比較して有利な点を挙げます。

(1)前提条件
まず、以下の点を頭に入れておいて下さい。

施設園芸作物は鮮度が非常に重要である

野菜や花、果物などの園芸作物は、時間単位で品質が低下します。輸出先との距離や輸送手段が決定的な条件となります。

施設園芸では光熱費の負担が非常に大きい

施設園芸は、季節や天候に左右されず一年中栽培ができることが大きな利点となります。言い換えると、常に環境を制御するためにエネルギーが必要となるということです。したがって、光熱費が大きな要因となります。特に、光合成のための光に太陽光ではなく電気による人工光を用いる場合、光熱費はさらに高くなります。

参考:植物工場のコストの実態−タイプ別コスト−(経産省)
植物工場の現状と今後の展望 農林水産省植物工場 千葉大学拠点の取り組みから(千葉大学)
植物工場への取組について(兵庫県)

(2)地理
世界地図を見れば明らかですが、オランダからイギリス、フランス、ドイツのような消費地はすぐ近くです。今では英仏海峡トンネルも開通していますので、離島でもない限り、陸路で輸出ができます。他にも、オランダは国土が狭くて平坦なので、空港や海港への輸送も迅速です。最初から輸出に有利なのです。

(3)政治
現在EU諸国の間で、深刻な政治上の対立はありません。せいぜいイギリスとスペインのジブラルタル問題ぐらいでしょうか。少なくとも、日本と韓国の竹島問題、日本と中国の尖閣諸島問題のような重大な懸念はありません。政治が貿易に悪影響を及ぼす可能性はほぼありません。EU参加国間では国境も簡単に越えられます。
それに加えて、関税もありませんし、共通の通貨であるユーロを用いているため、為替相場による経営リスクや、両替に伴う時間やコストの問題もありません。

(4)経済
オランダは、イギリス、ドイツ、フランス、ベルギー、ルクセンブルクなどの国民所得の高い国家に囲まれています。顧客は膨大にいます。

(5)光熱費
オランダ農業は北海油田で採掘される安価な天然ガスに大きく依存しています。また、天然ガスは暖房に用いられるわけですが、その際の熱を使って発電を行い、電力を売却することも一般的に行われています。この売電が経営の大きな柱となっています。
「ぬぅ、まさかあれは……」「何、知っているのか!? 売電!?」

参考:植物工場の現状と展望(経産省)
高生産性オランダトマト栽培の発展に見る環境・栽培技術(千葉大学)
オランダの施設園芸(農水省)

また、オランダは夏でもそれほど気温が上昇しないので、冷房に要する費用も安上がりになります。


3.日本のディスアドバンテージ

(1)地理
日本が農産物の輸出先として重視しているのは、中国や東南アジアの富裕層です。これらの国々への距離と輸送手段を考えると、輸出に有利だとは言えません。

(2)政治
経済規模と距離を考えると、中国が重要な輸出先となります。しかし、尖閣諸島などの領土問題や歴史認識を巡って関係が悪化している現状では、あまり期待はできません。台湾とも尖閣諸島に関して対立関係にあります。

(3)経済
まだまだアジアは経済的な発展の途中にあり、高価な日本の農産物を購入する高所得層の数は十分とは言えません。

(4)光熱費
日本では今後、電気代やガス代、石油価格の上昇が予想されます。施設園芸のようなエネルギー消費型の栽培方式はますます経営が厳しくなるのは間違いありません。
さらに、元々日本の夏は暑いので冷房に要する費用が高く付きます。さらに今後の温暖化やヒートアイランド現象により、冷房費の負担がより大きくなるものと予想されます。


4.おわりに

日本国内の市場が縮小することが明らかである以上、日本農業は輸出を検討せざるを得ません。その際に、農産物の輸出に成功している国を参考とするのは妥当な選択です。しかし、農業は産業の一種である以上、地理、政治、経済などの要因を無視することはできません。オランダとは農業を取り巻く環境があまりに異なりますので、参考とするのはあくまで技術の点に留めなければなりません。日本は農産物の輸出に向いていません。研究者はそれぐらいわかっていますが、国民の間に過度な期待が高まらないように政策を考えてもらいたいところです。