バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

漫画「バンビ〜ノ!」のミスに感じた「料理の定義」の難しさ

小学館の週刊誌「スピリッツ」に「バンビ〜ノ!」という漫画が連載されています。イタリア料理店を舞台とした若い料理人の成長譚です。今週号で見逃せないミスがあったので記事にします。

劇中ではトマトの致命的な病気が世界的に大流行してトマト生産が壊滅し、トマトが手に入らなくなってしまいました。イタリア料理でトマトが使えないのは大問題です。しかし、トマトはもともと南米原産で、大航海時代にヨーロッパに導入されるまでは料理に使われていませんでした。そこで、大航海時代以前のイタリア料理を再現することで、「トマトなしのイタリア料理」を作ろう。というのが今回の粗筋です。

ミスとは、大航海時代以前の「古代ローマ」、「ルネサンス」時代のイタリア料理を再現するはずなのに、トマトと同様に南米原産で、大航海時代にヨーロッパに導入されたジャガイモが使われていることです。結論から言ってしまうと、作者と編集部の単純な調査不足でしょう。


ただし、今回の記事の目的は漫画のミスを嘲笑することではなく、「時代による料理の変化」です。とはいっても専門外の素人なので簡単に述べます。

ヨーロッパの料理は大航海時代の前後で大きく変わりました。特に大きな影響をもたらしたのが、南北アメリカ大陸から導入された作物です。ジャガイモ・トウモロコシ・トマト・トウガラシと具体名を挙げれば想像できることと思います。
ジャガイモは原産地がアンデスの高地なので、低温・乾燥・やせ地に強く、北ヨーロッパの主食の地位を手に入れ、ヨーロッパを飢餓から解放しました(※)。トウモロコシは家畜の飼料に最適で、畜産物の増産が可能となり、肉料理が増えました。

同じようなことは日本にも起こっています。
「和食の復権」を唱える人は多いのですが、この「和食」が具体的にどのような料理を指すのかまちまちです。日本の料理は外国からの作物の導入により、大きく変化しています。
中国からは歴史上常に様々な作物が導入されていますし、室町時代や江戸時代初期には東南アジア経由でヨーロッパや南北アメリカ大陸の作物が導入されました。ジャガイモは「ジャカルタ」に、カボチャは「カンボジア」に由来するとされています。
明治維新以降は世界中から作物が導入されています。和食に欠かせない野菜であるタマネギやハクサイが普及したのは大正時代以降だったりします。

そもそも和食の王道と言える米や大豆も日本原産ではありませんし、和食も時代により大きく変遷しているわけです。「和食原理主義者」は欧米の影響を排除したいので、「元禄時代(1688-1703)以前」の料理を和食と定義する場合もあるようですが。


料理について語るならば、どの時代の料理なのかをある程度はっきりさせておく必要がありそうです。漫画の凡ミスからこんなとりとめのないことを考えてしまいました。

参考文献
文明を変えた植物たち コロンブスが遺した種子 酒井伸雄 NHK選書
ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」 伊藤章治 中公新書
物語食の文化 美味い話、味な知識 北岡正三郎 中公新書
ジャガイモのきた道 文明・飢餓・戦争 山本紀夫 岩波新書

アイルランド人はジャガイモに過度に依存したために、19世紀中頃にジャガイモに悪性の病気が蔓延して栽培が壊滅状態に陥った際には、人口の8分の1にあたる100万人ほどが飢餓や栄養不良に伴う疫病により死亡したとされています。日本の太平洋戦争における死者が多目に見積もっても人口の5-6%ぐらいですから、文字通りの地獄です。


[6/25追記]
はてなブックマークのコメントで、トマトとジャガイモはどちらもナス科の作物だから、トマトが全滅するならばジャガイモも全滅しなければおかしい。突っ込み所が間違っているとの批判を受けました。
確かにその通りで、もっともな批判です。ただし、その程度のことは最初から考えています。今回の記事の主題は作物の導入による料理の変化なので、論点が不明確になるのを避けるために無視しただけです(後付け&負け惜しみっぽい言い方ですが)。

ついでに書くと、品種・気候・土壌・栽培方式などあらゆる条件の違いを超えてトマトを全滅させる強烈な病気というのは考えにくいと思います。ただし、この作品はフィクションであり、「トマトだけが全滅しなければならない」という物語上の必然性があると思われるので無視しました。

フィクションならば嘘も許されるというのならば、「この作品中の世界ではジャガイモが大航海時代以前に導入されているかも知れないではないか」という批判が可能となるのが面倒ですが。