バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

カルチャーショックな学会とエビデンスと農業の生きる一つの道 その1 園芸療法って何?

(1)はじめに
先月、岐阜市で開催された日本園芸療法学会の大会に初めて参加しました。

この学会は日本語の会誌を発行しており、査読審査制度も設けているようですが、規模は小さく、日本学術会議に登録していないので、現段階では「自称学会」に過ぎません。
ただし、もともとこの学会は日本学術会議に登録している「人間・植物関係学会」という学会から独立して設立されたので、まともな学会だと判断して間違いはありません。

ここで園芸療法について簡単に説明すると、障害や認知症、病気などで心身の不調を抱えている人々に、園芸活動を行ってもらうことで、生活の質や症状を改善させよう、という試みで、作業療法の一種です。

農業において厳密な定義があるわけではありませんが、「農作物」とは穀物、芋、豆のように大量に生産・消費される作物を指し、野菜や果物、花のような生産量・消費量が少ない作物を園芸作物と呼びます。したがって、「園芸」とは花・果物・野菜に関することだと考えて下さい。ガーデニングも生け花も家庭菜園も盆栽も立派な園芸活動です。

園芸療法を教育課程に取り入れている大学は福祉系の大学や学部だけではなく、農学系の大学や学部もあります。
東京農業大学農学部バイオセラピー学科
千葉大学園芸学部緑地環境学コース環境健康学領域

(2)驚き1
私は学生時代からさまざまな学会に参加しております。分野により多少の違いはありますが、学会に参加するのは中高年の男性が大多数です。早い話が、おっさんの世界です。
ところが、この学会では参加者の大多数が女性でした。
考えてみれば、この学会は医療・介護・福祉系の学会であり、それらの分野では看護師や介護士やケアマネージャーなど、女性が多いのですから当然と言えば当然です。
また、日頃障害者や高齢者に接している方が多いからか、何だか大変なエネルギーと勢いを感じました。
さらに、何と高校生が口頭発表を行っていました。
他の学会がとかくおっさんだけの閉鎖的な会合になりがちなのに対し、非常に間口が広く、参加者の多様性の高い学会だと感心しました。これはいい意味で驚きでした。

(3)驚き2
次は、あまりよろしくない意味での驚きです。

発表の中に、現場の実践者による事例報告がいくつかありました。気になったのは、症例数があまりに少なく、何の分析も行っていないことです。
「園芸療法を行うグループと行わないグループを比較して、病状や生活の質に統計的に有意な差が認められた」という発表はなく、全てが「数人に園芸療法を行った結果、病状や生活の質が改善された」というパターンでした。おそらく疫学の専門家が聞いたら頭を抱えると思います。

疑似科学批判で有名な信州大学准教授の菊池聡博士は、「なぜ疑似科学を信じるのか(化学同人)」の中で、

これは、心理学に限らず補完代替医療のかかえる問題そのものである。心理療法においても効果を正しく判断するためには、比較対照群を作り無作為化された対象者との比較評価を行うのが望ましい。(P199)

一方で、日本の臨床心理学者たちは、こうしたエビデンスにもとづく検証に関心が薄いようだ。心理学者の村上宣寛は、日本の臨床心理学の学術論文の多くは一名ないし数名の相談者の事例を記述した事例研究に偏っているとし、この臨床心理学の現状を「総体としてサイエンスとしての資格はない」と厳しく指摘している。
心理療法の現場に臨床の知が必要であり、そこに科学的態度は不要かつ有害だという要素はあるだろう。それでもなお、心理療法の有効性や理論モデルの正しさを客観的に主張するのであれば、その評価に科学的な方法論は欠くべからざるものである。(P200)

と述べています。園芸療法も、残念ながら現時点では同じ状況と言えるかも知れません。
厳しい言い方をすれば、園芸療法はまだ「経験知」の段階であり、「科学」と認められるにはもう少し時間が掛かると思います。

(4)ではどうすればいいのか
園芸療法を実践している現場の看護師や介護士に「科学的に正しいデータを取れ」「科学的に正しい分析をしろ」と要求することが果たして妥当なのか、という疑問を覚えます。そのような作業は日常の業務、さらには園芸療法の円滑な実践をも阻害するのではないかという気がします。また、これらの作業には専門的な技能を要します。ただでさえ人手不足の多忙な現場で訓練(研修)が可能なのか、とも思います。難しいところです。

日本は世界に冠たる園芸大国です。江戸時代は政治や経済が安定したことにより、都市部を中心に、非常に豊かな園芸文化が開花しました。幕末や明治期に来日した外国人は、街に花が多いことに驚いています。今でも桜の花見や菊の品評会など、園芸文化は健在です。
園芸療法が健康に悪影響を及ぼすとはとても思えません。園芸活動が人間の生活を改善し、結果的に健康を改善することは自明だからです。園芸療法は大いに進めるべきだと思います。

ただし、「科学的に証明するまでもなく自明だから、科学的な手法は不要である」という態度はいささかまずいような気がします。科学には、知見の蓄積・共有・発展という大きな利点がありますので、科学的な手法は不可欠です。
海外では、病院の窓から見える景色が患者の回復に影響を及ぼす(窓から植物が見えると回復が速い)との研究成果もありますので、日本でも園芸療法の科学的な評価が可能であると信じます。
大学所属の研究者の講演や大会最後のパネルディスカッションの中で、「園芸療法が科学として認められるにはエビデンスの蓄積が必要」との説明も出て来ましたので、今後に期待するとしましょう。人手、予算など様々な理由で先は長そうですが。