バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

うんこと食料自給率 −物質循環−

1.はじめに

(1)契機
先日の無肥料農法を批判する記事の反応から、世間に「物質循環」という概念が定着していないことに少々驚きました。まぁ、物質循環ということを考えていないから無肥料農法などというヨタ話が好評を博してしまうわけですが。もっと言うならば、農学に携わる者として多少の危機感を覚えました。「物質循環」という概念は、現代の環境問題を考える上で不可欠です。物質循環に限らず、農業や食料の問題が環境問題と深く関係していることは是非とも理解しておいてほしいと思います。
また、ここ数年日本の食料自給率が話題になりますが、食料自給率が物質循環を通じて環境問題に大きな影響を及ぼすことはあまり理解されていません。食料自給率を専門とする研究者は経済系や政治系が多く、物質循環という概念は理学系や工学系なので、分野の壁を超えることは難しいのでしょう。そのため、食料自給率と環境問題を関連付けて論じた資料はあまり多くありません。
そこで、食料自給率と物質循環を解説する記事を書きたいと考えました。しかし、普通に書いても面白くありません。笑いながら読んでもらえる記事、何より私自身が書いていて面白い記事にするにはどうするかを考えた結果、思い付いたネタがありました。

(2)なぜうんこなのか −うんこと私−
このタイトルはとあるインチキ医療の伝道者の書籍のタイトルのパロディです。
私は幼少の頃は昆虫が大好きで、近所の野原や林で採集したり、図鑑を読み漁ったりする日々を過ごしておりました。その中で、特に気になる昆虫がありました。それは食糞コガネムシ、いわゆる糞虫です。近所にはいなかったので採集はできませんでしたが。ご存知の方も多いと思いますが、センチコガネと呼ばれるグループは、動物のうんこを食べて生きているとは思えないほど光沢の強いきらびやかな体を有しています。Googleの画像検索をご覧下さい。
センチコガネ
ルリセンチコガネ
オオセンチコガネ
いかがでしょうか。私の驚きがよく理解できるのではないでしょうか。
あの汚らしいうんこを食べて生きているのに、これらの昆虫はなぜこれほどまでに美しい体を創り出せるのか。もしかしたらうんことはとんでもない力を有する驚異の物体なのではないか。幼少の私はそのような確信を抱きました。そして気が付いたら大学の農学部で家畜のうんこを研究していました。研究者にはなれませんでしたが。この幼少時の確信こそが、私のうんこへの目覚めでした。うんこに対する知的好奇心は生涯消えることはなさそうです。


2.都市と農村の間のうんこの運行(概略)

(1)近代以前
先日の記事でも少し触れましたが、日本では伝統的に人間のうんこ(下肥)を肥料として利用していました。そのため、農民は都市部に農産物を売りに来ると同時に、うんこを買っていました。言い換えれば、都市と農村はうんこと農産物を交換していたわけです。下の図では左のようになります。うんこと農産物を通じて、都市と農村の間で物質循環が成立していたのです。実際の物質循環はもっと複雑ですが、単純化しています。このうんこを肥料とする方法は衛生的には非常に大きな問題がありますが、物質循環という点では非常に合理的です。
余談ですが、太平洋戦争の敗戦後、米軍が日本に進駐してきた際に、日本の野菜の寄生虫のあまりの多さに驚いた米軍は、うんこを使わず化学肥料のみで栽培した野菜しか食べなかったそうです。現在の無駄に潔癖な日本からは想像もできませんね。

(2)近代以降
一方、現在ではうんこを肥料として利用することはなく、海外から輸入した化学肥料が主体です。肥料の3要素である窒素、リン、カリウムについて述べると、窒素は自給できていますが、リンとカリウム自給率はほぼ0%です。つまり、膨大な量の物質が肥料という形で国内に流入していると言えます。
参考:みずほ情報総研 −枯渇が懸念される肥料原料の資源国の調査− 輸入原料安定確保調査等事業調査報告

また、食糧自給率が低下し、海外からの食料の輸入量が増加しています。ここ数年のエネルギーベースの食料自給率は40%前後です。つまり、60%の食料は海外から輸入されているのです。
言い換えると、肥料と同様に、膨大な量の物質が食料という形で国内に流入していることになります。
平成25年度で特に輸入量の多い品目を例として考えてみます。トウモロコシは約1460万t、小麦は約570万t、大豆は280万tです。これらの数値を日本の人口、約1億3000万人で割ると、1人当たり年間で180㎏ほどになります。1日500g弱です。これがうんこになるところを想像して下さい。もちろん、体に蓄積したり廃棄されたり家畜の飼料になったりする食料も含んでいますので、実際にうんこになる量はこれより少なくなりますが。
参考:平成25年度食料需給表(農水省)


(3)小括
近代以前は食料や肥料の貿易量が非常に少なかったので、海外から食料や肥料の形で国内に流入する物質量は少なく、環境問題の原因とはなりませんでした。国内、地域内で物質循環が成立していました。
一方、近代以降は食料及び肥料の自給率が低下し、海外から食料や肥料の形で国内に物質が大量に流入するようになりました。さらに、うんこの肥料としての利用がなくなり、農地に還元されるべきうんこが環境中に放出され、環境を汚染するようになりました。都市と農村の間の物質循環システムが崩壊し、食料自給率の低さが環境問題の原因となっているわけです。我々のうんこが国土を汚染していることは明白な事実です。
参考:千葉県生活排水対策マニュアル 第2章 生活排水対策の必要性
参考:生活排水を考える 生活排水とは(愛知県の川や海のよごれ)

3.都市と農村の間のうんこの運行(やや詳細)

「2.」と重複する部分がありますが、いきなりこの「3.」を説明するのは無理があるので、前段階として「2.」の項目を設けました。本筋はこの「3.」です。
実は、現在の日本で深刻な環境問題を引き起こしているうんこは、人間のうんこではありません。何と、家畜のうんこだったのです。

(1)家畜のうんこに埋もれる日本
戦後の日本では、畜産物の消費量が急増しました。それに伴って家畜の飼養数が急増し、同時に家畜のうんこの発生量も莫大なものとなっています。恐ろしいことに、少々古いデータですが、農林水産省の統計によると、最近の家畜のうんこの発生量は人間のうんこのなれの果てである下水汚泥発生量より多いそうです。うんこと汚泥では水分量が違いますので単純な比較は禁物ですが。
参考:バイオマス・ニッポン バイオマスの利用状況(農水省)

農林水産省の最新のデータに基づき、資料の家畜のうんこの年間発生量を日本の人口で割ると、日本人は1人当たり年間で650kgほどの家畜のうんこを押し付けられていることになります。1日に換算すると、2kg弱です。とんでもない状況になっていますね。

なぜこれほど恐ろしい事態になっているのでしょうか。理由としては、飼料が畜産物に変換される効率が低いという畜産業の宿命があります。色々と計算の仕方があり、また家畜や畜産物の種類により数字は大きく変動しますが、大体のところでは、この変換効率は10分の1ぐらいだと覚えておいて下さい。残りはうんこになります。つまり、単純化すると、1トンのトウモロコシを海外から輸入して家畜に食べさせた場合、100kgが畜産物になり、900kgがうんこになると言えます。
参考:畜産草地研究所ガイドコミック 第14話 家畜のフンから排出される温室効果ガスをどうする?

また、厄介なことに、現在の飼料自給率は25%前後であるとされています。非常に低いと言えます。
参考:総合食料自給率(カロリー・生産額)、品目別自給率等(農水省)
つまり、飼料という形でも膨大な量の物質が国内に流入しているわけです。

(2)家畜のうんこの利用が進まないわけ
細かい事情については最後に挙げる文献をご参照下さい。簡単に述べると、家畜堆肥が化学肥料に比べて様々な点で肥料として劣っているからです。具体的には、

成分が安定しない(家畜の種類、処理方法などにより成分が大きく変わる)
肥料としての効果が低い(速効性の肥料というよりは、長期的な「土壌改良剤」として位置付けられる)
成分が偏っている(窒素は少ないのにカリウムが多いなど)
臭い(適切に発酵処理を行えば臭いはほぼなくなるが、処理時間や設備の問題で未熟な堆肥も多い)
不潔(寄生虫や病原性大腸菌などによる食中毒の危険がある)
雑草の種子が混ざっている(堆肥を撒いたら雑草が大発生する)
重い(水分が多いので輸送に手間やコストがかかる、つまりうんちの運賃が高く付く)

などが挙げられます。

(3)肥料の使い過ぎ
先日の記事では無肥料農法を批判しましたが、実は無肥料農法の考え自体はある意味非常に正しいのです。と言うのは、現在の日本の農業では肥料の使い過ぎが常態化しているからです。ただでさえ肥料として使える家畜のうんこが国内に山のようにあるのに、現代の下肥ともいえる下水汚泥も膨大にあるというのに、わざわざ海外から化学肥料を輸入しているほどです。農地に過剰に投入された肥料や家畜のうんこは周辺の環境を汚染し続けているのです。

(4)食料廃棄
現在の日本における、「まだ食べられるのに捨てられる食料」の発生量は、何と米の生産量に匹敵するとされています。
参考:政府広報オンライン もったいない!食べられるのに捨てられる「食品ロス」を減らそう
これは廃棄物として環境を直接汚染すると同時に、食料の過剰生産、肥料や飼料の過剰輸入を通じて間接的に環境を汚染しています。

以上のような条件を考慮した上で都市と農村の間のうんこの運行を図示すると、下のようになります。もちろん、これでもまだ簡略化した部分はありますが。

4.対策

この食料の生産と消費に伴う環境問題への対策として、以下のような様々な方法が考えられています。
(1)食料自給率・飼料自給率の向上
(2)肥料自給率の向上(家畜堆肥、下水汚泥、食品廃棄物堆肥の利用促進)
(3)肥料使用量の削減
(4)食品廃棄量の削減
(5)家畜の飼料消化率改善によるうんこ排泄量の削減
国内に流入する物質の量を減らし、さらに環境中に廃棄される物質を減らすことが重要です。
結局、海外からの物質の流入量を減らし、国内での物質循環を促進する以外に解決法はありません。

実は、「飼料自給率を向上できる。家畜堆肥を大量に投入できる。米作り(水田や用水路などのインフラ、稲作技術)を温存できる。減反政策に合致する。食料生産と競合しない」という夢のような技術があります。いわゆる「飼料稲・飼料米」です。一昨年記事にしました。しかし生産コストの高さによる価格の問題がどうにもこうにも。輸入飼料に太刀打ちできません。
どの対策もコストや労力の問題で実現は難しく、前途は多難です。それでも実行するしかありません。何もしなければ国土がうんこに埋もれます。


5.おわりに

上に述べたように、食料自給率は経済や政策、食料の安全保障の点から論じられることが一般的です。しかしながら、物質循環という点から食料自給率を考え、改善しないことには日本の国土の汚染は進む一方です。食料自給率は食料問題であるだけではなく、環境問題でもあるのです。食料自給率の低さはうんこを通じて間接的に国土が汚染される原因となっています。国の環境を守るには、食料自給率を上げる必要があります。この点をご理解頂ければ幸いです。
今後は、日常生活の中でうんこのことを少しは考えるといいと思います。うんこはどこから来るのか。どこに行くのか。何しろ、我々は日々うんこを排泄しているわけですから、うんこから逃れることはできないのです。うんこから目を逸らしてもうんこはなくなりません。
「♪部屋と排泄と私〜」とか「♪あなたに女の子の一番排泄なものをあげるわ 小さな腹の奥にしまった排泄なものをあげるわ〜」とか「♪何より排泄なものを 気付かせてくれたね〜」とか歌ってみるのもいいかも知れません。


6.うんこの他の側面

今回の記事で私は、うんこの農学的な側面を論じてみました。しかし、うんこには他にも様々な側面があるはずです。

例えば、上で昔の日本ではうんこの肥料としての利用が盛んで、都市から農村にうんこが輸送されたと述べました。ならば、昔の日本の都市はうんこが完璧に管理された清潔な場所だったのかというと、当然ながらそんなことはありません。江戸時代には全国各地で、コレラや腸チフス赤痢のようなうんこが原因となる伝染病が大流行しています。
参考:長崎薬学史の研究 第一章 近代薬学の到来期 1 江戸末期の疫病(長崎大学薬学部)
つまり、うんこは伝染病の発生源であり、うんこの管理は公衆衛生の点からも大きなテーマとなります。

植物は自力で移動できません。仲間を増やし生息地を広げるために、動物を利用する植物もいます。具体的には、種子を動物に食べさせ、うんことして排泄させるわけです。この時に、種子が動物にかみ砕かれたり消化されたりしては意味がありません。また、動物の移動距離が短い場合は、繁殖の効率が悪くなります。植物は種子の運び手として、遠くまで移動して種子をそのまま排泄する動物を選ぶ必要があります。うんこには動物と植物の生態や形態、機能が大いに関係すると言えます。つまり、うんこは生態学的なテーマともなり得ます。

公衆衛生学や生態学の専門家がうんこについて解説してくれた文章を読んでみたいと思います。


7.参考文献

食糞コガネムシふんコロ昆虫記(塚本珪一他、トンボ出版)
都市と農村の物質循環:サステイナビリティ学3 資源利用と循環型社会(小宮山宏他、東京大学出版会)
農地の物質循環:農業生態系における炭素と窒素の循環(農業環境技術研究所、養賢堂)
農地の物質循環・農地利用システム:栽培システム学(稲村達也他、朝倉書店)
農業の環境問題全般:シリーズ環境学入門7 食料と環境(大賀圭治、岩波書店)
畜産の環境問題全般:新編 畜産環境保全論(押田敏雄他、養賢堂)
家畜堆肥の問題点:堆肥・有機質肥料の基礎知識(西尾道徳、農文協)
飼料米・飼料稲:飼料用米の栽培・利用(小沢亙他、 創森社)


以上、うんちのうんちくでした。