「奇跡のリンゴ」という幻想 −うわっ…私の収穫、低すぎ…?−
1.はじめに
少々間が空きましたが、「奇跡のリンゴ」に対する批判を再開します。
以前も説明しましたが、木村秋則氏はとにかくリンゴに関する数字を出しません。栽培技術を評価する基準として収穫量は必須なのですが、私が調べた限りでは、「奇跡のリンゴ」の収穫量に関して、本人による具体的な説明はありません。ただし、木村氏の支持者である弘前大学教授の杉山修一博士は収量の低さを認めています。他にも、収量が低いらしいという不確実な情報はありました。
参考:すごい畑のすごい土(幻冬舎新書)
「奇跡のリンゴ」は、なぜ売れたのか〜「木村秋則」現象を追う〜(農業技術通信社)
自然栽培「奇跡のリンゴ」に学んだ畑はどうなった?(現代農業)
「奇跡のリンゴ」を収穫量の点から評価した信頼できる資料はないものかとNII論文情報ナビゲータ(CiNii)で論文を検索したところ、それらしい資料が日本土壌肥料学会の講演要旨集に掲載されていることがわかりました。そこで、仕事帰りに「東大話法」、「御用学者」の総本山である東京大学農学部の付属図書館に行ってコピーを入手しました。まさに期待通りの内容でした。
2.資料の概要
この資料は合計で3本あり、その全てが木村氏と共同研究を行っている青森県産業技術センター りんご研究所に所属する同一の研究者によるものです。出典は以下の通りです。
1本目
タイトル:リンゴ無肥料栽培園における土壌特性
巻号:日本土壌肥料学会講演要旨集(56)P125、平成22年
2本目
タイトル:リンゴ無肥料栽培園における年間窒素搬出量
巻号:日本土壌肥料学会講演要旨集(57)P126、平成23年
3本目
タイトル:リンゴ無肥料栽培園における土壌中無機態窒素量の年間推移と樹体生育
巻号:日本土壌肥料学会講演要旨集(58)P121、平成24年
これらの資料では、研究対象となった農家は「青森県弘前市で約30年間無肥料・無農薬(有機栽培)でリンゴ栽培を実施している生産者」としか説明されていません。個人名を出すわけにはいかないので当然です。この農家が木村氏であるという証拠がなかったので、これらの資料を手に入れたのは7月なのになかなか記事が書けませんでした。
ところが資料をよく読むと、『本研究は農林水産委託プロジェクト研究「地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発」で実施したものである』という説明がありました。このプロジェクトについて調べてみると、木村氏の農園が研究対象となっていることが確認できました。こちらをご覧下さい。
地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発(平成21年度〜25年度)(農林水産省)
「奇跡のリンゴ」「K園」という表現とともに、木村氏の書籍の画像が掲載されています。
また、このプロジェクトに関する別の資料では、青森県産業技術センターが「リンゴの有機栽培実践園に関する研究」を担当していることが明記されています。
平成23年行政事業レビューシート(農林水産省) 地域内資源を循環利用する省資源型農業確立のための研究開発
以上より、この資料中の農園が木村氏の農園だと断定して検証します。
3.引用(抜粋)
これらの研究は、木村氏の農園でのリンゴに関するデータを近隣の農園と比較する形を取っています。要点を掲載順に引用します。なお、木村氏の農園は「有機園」、近隣の農園は「対照園」と表記されています。
1本目
土壌中全窒素量は、第1層と第2層(深さ25〜30cm)において、対照園の60〜80%程度と低い傾向が見られたが、第3層(深さ55〜60cm)に大きな差異は見られなかった。
2本目
有機園の1果重(DW)が慣行園の73%、収穫量(果数)が57%であった(引用者注:リンゴの木1本当たりの数値、DWとはdry weightの略で、乾燥後の重さ)
3本目
(引用者注:土壌中の無機態窒素量は)有機園では(中略)慣行園より低い値で推移した。(中略)有機園では主に病害虫由来と思われる落葉が7月から始まったため、収穫期まで着葉率は慣行園よりも低く推移した。また葉面積も7月から9月まで小さく、葉中窒素濃度は低かった。有機園で葉中窒素濃度が低かったことは葉色値が低かったこととも符合し、落葉率も高いことから、光合成能力が低いことが推察された。(中略)有機園では除草をほとんど行っておらず地表面の雑草の繁茂が著しいため、生成された無機態窒素は速やかにこれら雑草に吸収されているのではないかと考えられた。
何とまぁ、厳しい報告となっていますね。
簡単に補足しておくと、植物は葉で日光を受けて光合成を行い、成長します。その際に働くのが葉緑素という緑色の色素です。窒素肥料が不足すると、葉緑素が不足して葉の色が薄くなります。葉緑素が不足すると光合成能力が落ちて収穫量が減ります。また、当然ながら葉が落ちると光合成能力が落ちますので、収穫量が減ります。
参考:窒素肥料を入れると葉の色が濃くなるのはなぜか?(光合成の森、早稲田大学教授 園池公毅博士)
土壌肥料対策指針(和歌山県 農林水産部 農林水産総務課 研究推進室)
講演要旨の内容をまとめると、
土壌中の窒素が雑草に横取りされて不足している。
リンゴの葉が窒素不足のため光合成能力が低下している。
リンゴの葉が病気や害虫の影響で落ちている。そのためさらに光合成能力が低下している。
以上より、リンゴの果実は小さく数も少ない。
となりましょうか。要約するとさらに酷いことになりますね。実際の発表を見たわけではなく、講演要旨集を読んでいるだけに過ぎないとは言え、苦笑するしかありません。
ここで少し計算してみましょう。
簡単に言うと、リンゴの収穫量は「果実1個当たりの重さ×果実の個数」で表されます。この要旨集で報告されている数値を使って計算すると、木村氏のリンゴ園の木1本当たりの収穫量は慣行農法に対して、0.73×0.57≒42%となります。慣行農法の4割程度しか収穫量がないというのは、非常によろしくないのではないかと思います。木村氏が数字を隠す理由がよくわかります。こんな数字は見っともなくて公表できません。しかし、数字を公表しない限り、批判は続きます。
なお、これはあくまで「木1本当たりの収穫量」であり、「収量(面積当たりの収穫量)」ではありません。木の密度(面積当たりの木の本数)の比較の数値がないと収量の比較はできません。もしかしたら木1本当たりの収穫量の低さを補うために、木を多目に植えている可能性も否定できません。よって、この記事では収量に関する検討は行わないことにしました。余談ですが、作物を多目に植えることを専門用語で「密植」と言います。そのまんまですね。
この記事のサブタイトルは当初「うわっ…私の反収、低すぎ…?」とするつもりでした。元ネタの一文字違いです。ところが、今回の資料では反収の検討ができなかったので、不本意ながらこの案を断念しました。「反収」とは1反(約1000平方m、約10アール)当たりの作物の収穫量を意味します。「収量」と同じ意味だとお考え下さい。
4.おわりに
公表された信頼に値する資料に基づき考察すると、木村氏のリンゴの収穫量は非常に低いのではないかと推測されます。最初に述べたように、作物の収穫量は栽培技術を評価する上で最重要項目です。その意味で、収穫量が非常に低い木村氏の技術の評価は低くなると言わざるを得ません。
ただし、だからと言って私は木村氏の技術は何の価値もないとは考えていません。木村氏の技術は「減農薬」「減肥料」という点において、ある程度の価値を有しているはずです。どこまで本当か怪しいとは言え、曲がりなりにも(本当に曲がりなりにも)「無農薬・無肥料」で一応はリンゴ栽培を継続しているのですから。木村氏と共同研究を行っている研究者、研究組織も、「無農薬・無肥料」ではなく「減農薬・減肥料」を目的としているのではないかと思います。上に挙げた研究プロジェクトの説明でもそれがうかがえます。農学者であれば、「無農薬・無肥料」が現実的でないことはよく理解しているはずですから。
おまけ