毎日新聞「サイエンスカフェ」記事に対する私見
1.はじめに
毎日新聞の9月12日の科学報道に関する記事が議論を呼んでいます。
参考:
はてなブックマーク サイエンスカフェ:「科学者ではない」− 毎日jp(毎日新聞)
非難殺到『あなたの言っていることは、あなた以外の世界では通用しませんよ』はどう解釈するべきなのか?(togetterまとめ)
サイエンスカフェ:「科学者ではない」の感想ツイート
この記事に関して、思うところを述べます。
2.何が問題か
この記事はあまりに問題が多く、この記事を執筆した記者本人もこの記事の公表を許可した毎日新聞も全くダメダメだと思います。およそプロの文章ではありません。
そもそも、毎日新聞は科学報道に関して大いに恥をさらしていることが既に明らかになっています。「科学記事のあり方」「科学報道のあり方」などを世に問う資格はないのです。大きな口を叩く前に社内に中学・高校レベルの科学知識を徹底すべきです。疑似科学を宣伝して片棒を担いでいるダメ新聞が何を偉そうに。
参考:EM菌に狙われる毎日新聞社(togetterまとめ)
毎日新聞記者 斗ヶ沢秀俊氏(twitter) 何と、内部から苦言を受けています。
(1)意味がわからない
紙幅、文字数の都合なのかも知れませんが、とにかく言葉足らずです。断片的にしか書かれていないので、文意が読み取れません。新聞記者というプロの書くべき文章ではありません。上に挙げたtogetterまとめでは、「記者の自戒だ」という意見があり、それは納得できる解釈ではあります。しかし、それならば批判は自分自身に対してのみ向けるべきで、科学者に対して「あなたの言っていることは〜」などと指摘をすることは筋違いです。したがい、「記者の自戒」という解釈は好意的に過ぎる過大評価だと思います。
(2)自分の職分を否定している
科学者は専門家です。深い知識と見識を有する特殊な集団です(例外は掃いて捨てたいほど多々あり)。程度の問題ではありますが、専門家が素人に理解できないことを言うのは当然のことです。だからこそ専門家と言えるのです。もちろん、科学者も素人に伝わる表現を心掛けねばなりません。「俺は科学者様だから素人共は黙って俺の言うことを聞いていろ」などという立場は許されません。
ところで、もし科学者が素人にも理解できる説明を行い始めたら、具体的には、プレスリリースやネット上、講演会などで積極的に広報活動を行えばどうなるか。「科学記者」はたちまち飯の食い上げです。科学者の説明がなかなか素人には届かないからこそ「仲介者」としての「科学記者」の存在意義があると言えます。自分の仕事を否定しているのではないでしょうか。自分の果たすべき役割を科学者に押し付けているような印象も受けます。「わかりやすく説明しろ。そのまま記事にするから」と。
蛇足ながら述べておくと、科学記者が「科学者の通訳」の役割を果たすべきかという点は意見が分かれると思いますので、深くは触れないことにします。科学者と言えども専門外の分野に関しては素人同然です。新聞記者に対してあまりに広大かつ深遠な科学の世界を全て網羅して平易に解説せよ、というのは無体な要求なので。
(3)失礼な言い草
好意的に解釈すると、上で述べたように「あなたの言っていることは〜」という表現は自分自身に向けているつもりなのでしょう。「科学者の言葉は難しいから記事を書くときには素人の読者でも理解できるように心がけよう」というぐらいの意味で。文章からは読み取れませんが。勝手に忖度すると、以下のようになるのではないでしょうか。
科学者の言葉は同業者である科学者にしか通じない。読者には通じない。自分は科学者と付き合って科学者の考えをある程度理解しているつもりになっていたが、このような立場で記事を書いては読者には伝わらない。常に科学者と距離を取り、読者の立場に立たねばならない。科学者の言葉をそのまま記事にするのではなく、読者にわかりやすい記事を書かねばならない。
こういう意図があるのならば、この表現に大きな問題はないと思います。ところが、文中の他の箇所には、科学者を蔑視しているような表現があります。
取材対象者の言葉が「宇宙語」にしか聞こえなかった
「理系の研究者とはなぜ、こんな考え方、表現をするのか」
これら物言いのせいで、「あなたの言っていることは〜」という表現が自分自身ではなく、科学者に向けられているとしか読み取れません。これは専門家に対してあまりに失礼な言い草です。「科学者は変人で独善で排他的でわけのわからないことばかり言う」と読めてしまいます。科学に限らず、どんな分野であれ、また程度の差はあれ、専門家の言葉が同業者の間でしか通用しないのは当然のことです。
自分がどれだけ失礼なことを述べているか自覚はないのでしょうか。取材対象者を批判しても何もいいことはないと思います。相手の言うことが気に入らないのならば最初から取材などしなければいいわけで。
(4)結局何が言いたいのか
要するに、くどいようですが「科学者は特殊な専門家集団であり、科学者の言葉は高度かつ専門的で素人の理解を超える」と言いたいのですから、もう少し言葉を選べないものでしょうか。他にいくらでも表現はあるはずです。プロですから語彙は豊富なはずなのに。
自分でやっておいてこういう言い方をするのは気が引けますが、そもそも文章は文字通りに解釈すべきものであり、「好意的な解釈」や「勝手な忖度」は読者の越権行為です。著者の意図は本人にしかわかりません。しかし、それでも越権行為を選ばざるを得ないほど、意図が見えない文章です。
3.おわりに
この記事は、「誰に対して」「何を」「どのように」伝えるかという観点が完全に欠落しています。記者がこの記事を通じて言いたいことは、「自分は科学記者として、科学者と協同しつつも適度な距離を取り、読者のためにわかりやすい科学記事を書こうと努力している」だと思うので、科学者に難癖を付ける必要はないはずです。科学者がこの記事を読めば間違いなく怒ります。
上にも述べましたが、この文章は結局何が言いたいのかがはっきりしません。仕事上で付き合う相手を怒らせるような文章を書くのは全くの下策です。文章のプロならばもう少し考えて、目的や意図が明確な文章を書くべきでしょう。大口を叩く前にまず文章の研鑽を積むべきだ、というのが私の感想です。科学報道以前の問題ですね。