バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

実は環境にも人間にも優しかった現代文明 −物は言いよう−

現代文明は人間にも環境にも優しくないと信じる人は多いようです。一昨年の原発事故を「人間にも環境にも優しくない現代文明の象徴」として捉え、現代文明を嫌う方がさらに増えたように感じます。今回は、現代文明は本当に環境及び人間に優しくないのかを考えてみたいと思います。

現代農業は環境に優しい

現代農業はとにかく批判されます。生産量増加・経済効率の追求のために農薬や肥料を大量に投入し、環境を汚染していると。これは間違っていません。しかし、完全に正しいかと言うと、決してそんなことはありません。

時代や地域により大きな変動はありますが、江戸時代の米の反収(1反=約10アール当たりの収穫量)は現在の3分の1程度だったようです。言い換えれば、現在と同じ量の米を江戸時代の技術を以って生産しようとすれば、現在の3倍の水田が必要となると言えます。
つまり、現代農業は面積当たりの収穫量が非常に多いため、必要な農地の面積が大幅に減ったということです。もっとも、現代と江戸時代では人口や食生活、食料自給率が全く異なるので単純な比較は禁物ですが。日本の環境では余った農地は多少管理すれば森林や湿地になり、自然環境が回復されます

少々話がそれますが、EU諸国では栽培技術があまりに進歩したため、数十年に渡って農産物の過剰生産が問題となっています。そこで、農業振興と過剰生産の抑制を兼ねて、農業生産を行わなくても生物多様性や景観などの点で農地を適切に管理すれば補助金をもらえる法システムが整備されています。つまり、現代農業のおかげで農地が不要になったので、余った農地を自然に返そうとしているわけです。
参考:EUの農業政策(農水省)
現代農業はある意味で実に環境に優しいと断言できます。

農薬は農家に優しい

農薬が直接的には農家の健康によろしくないのは間違いのない事実です。農薬の取り扱いの不備による事故も少なからず起こっています。
参考:農薬の使用に伴う事故及び被害の発生状況について(農水省)
それでも私は強い根拠を以って断言します。「農薬は農家に優しい」と。

今も昔も日本の農業は水田稲作が中心です。水田稲作は大変な重労働です。特に大変な作業が、除草です。以下の参考資料をご覧下さい。
農薬は本当に必要?(農薬工業会)
水田除草剤の役割(農業環境技術研究所)
農業労働力に関する統計(農水省)
雑草よもやま話(2)(住友化学)
有機栽培水田で利用する簡易なチェーン除草機の作製方法とその雑草低減効果(新潟県農業総合研究所)

まとめると、

  • 日本の農家の平均年齢は65歳を超えており、高齢化が深刻である。
  • 除草剤のおかげで除草作業に要する時間が大幅に減少した。
  • 様々な雑草防除技術が考案されているが、効果・労力・価格の点で除草剤に及ばない。

ということです。

除草作業が最も必要になるのは真夏です。さらに、水を張った水田は非常に足場が悪く、歩くだけで疲れます。現代の日本の水田農家の平均経営面積はおおよそ1ヘクタールです。わかりやすく言うと、3000坪です。これだけの面積を高齢者が炎天下、手作業で除草できると思いますか?
データを示すことは不可能ですが、昔の農村には腰の曲がった高齢者が多かったようです。水田の過酷な除草作業で腰を痛めたからです。

農薬が使われる理由としてまず考えられるのは、生産量の増加です。これはわかりやすいメリットです。病気・害虫・雑草を防ぐことで収穫量が増えます。しかし、労力の低減という効果も大きいことを覚えておいて下さい。これを農家の手抜き、怠慢、エゴ、甘えなどと言う人を、私は軽蔑します。
農薬は農家の負担を減らし、農家の健康増進に貢献しているとも言えるのです。農薬の使い過ぎがダメなのは言うまでもありませんが。

石油は環境に優しい

石油はある意味現代文明の象徴であり、諸悪の根源のような扱いを受けます。しかし、考えようによっては、現代の日本の環境が守られているのは石油のおかげだとも言えます。

石油に代表される化石燃料が普及するまでは、人類が利用できる燃料はほぼ木材(薪)だけでした。そのため、古代の文明が栄えた地域は、ほぼ例外なく森林が消滅しています。日本は気温や降水量に恵まれているので森林はなかなか枯渇しませんが、かつて遷都が繰り返された背景には、森林の荒廃があるとされています。
かつて中国地方では製鉄が盛んでしたが、燃料として木材が利用されました。そのために古来より中国地方は植生が破壊され、現在でも完全には回復していません。
参考:岡山県における生物多様性(岡山県)

本の森林資源が増加し始めたのは、戦後のことです。その最大の理由は、石油などの化石燃料が燃料として普及したことで、木材の燃料としての需要がなくなったことです。つまり、現在の日本の森林は石油に守られているのです。石油への依存をやめればあっと言う間に森林が消滅し、日本は不毛の地になるでしょうね。日本の環境が守られているのは石油のおかげです。

化学肥料は環境に優しい

化学肥料の農地への過剰な投入が水質汚染の原因となり、環境を破壊しているのは事実です。しかし、化学肥料が環境を守っている面もあります。

化学肥料が普及する以前は、様々な物が肥料として利用されていました。その中で人糞や小魚と並んで大きかったのが、森林から収集した落葉と、森林を伐採したことで成立した草原から集めた草です。これらは天然有機肥料といえば聞こえは良くなりますが、言い換えれば森林破壊の産物です。落葉は本来森林の土壌に吸収されるべき物ですから、落葉の収集は森林破壊に他なりません。もちろん、程度の問題ではありますが。また、森林伐採による草原の成立は、草原独自の生態系を生み出すことにもつながるので、やはり程度の問題ではあります。
参考:「静岡の茶草場農法」が世界農業遺産に認定されました(静岡県掛川市)

化学肥料が普及したおかげで森林を破壊する必要がなくなったわけですから、化学肥料は環境に優しいと言えます。また、化学肥料は上に挙げた面積当たりの収穫量の増加に大きく貢献しているので、この点でも環境に優しいと言えます。戦後、日本の森林資源が急激に増加した理由は石油と化学肥料の普及にあることは間違いありません。

化学肥料は人間に優しい

何度かこのブログでお伝えしているように、日本では伝統的に人糞を肥料として用いています。これは物質循環や環境保全、農業の持続性という点では非常に優れていますが、衛生面では大いに問題があります。典型的なのが寄生虫です。人糞をよくかき混ぜてじっくり時間をかけて発酵させれば、寄生虫やその卵は死滅します。しかし実際には、発酵が不十分な人糞が用いられていました。
敗戦とともに米軍が日本に進駐して来ましたが、日本人の寄生虫保有率に驚き、化学肥料のみを用いて栽培された野菜しか兵士に食べさせなかったそうです。

日本人が寄生虫から解放された大きな理由が、化学肥料の普及です。化学肥料は人間に優しいと言えます。


何事にもメリットとデメリットがあります。現代文明のデメリットのみに目を向けて、現代文明は環境及び人間に優しくないと言い立てるのは早計です。もちろん、私が今回述べたようなメリットのみに目を向けるのも同様に避けるべきです。何事も損得勘定が大事だと言えましょう。


参考文献
松永和紀 食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない 日本評論社
太田猛彦 森林飽和 国土の変貌を考える NHKブックス
原田洋・磯谷達宏 現代日本生物誌6 マツとシイ 森の栄枯盛衰 岩波書店(残念ながら絶版)
原田洋・井上智 植生景観史入門 百五十年前の植生景観の再現とその後の移り変わり 東海大学出版会
最後の2冊は写真が多いので、日本かつての森林がいかに貧しく、現代の森林がいかに豊かであるかが視覚的に理解できます。常識(思い込み)が覆されるのでお勧めです。現在の鎌倉大仏の周囲はうっそうとした照葉樹林(常緑広葉樹林)となっているのに対し、明治維新の頃は隙間の多い松林だったというのはなかなか驚きです。