バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

「かびんのつま」という残念な漫画

1.はじめに

小学館の漫画雑誌、「ビッグコミック スペリオール」で、「かびんのつま」という化学物質過敏症を取り上げた漫画が連載されています。作者はあきやまひできという方です。あきやま氏が化学物質過敏症患者である妻を支える姿がノンフィクションとして描かれています。先日コンビニで何気なく雑誌を立ち読みしたら、この漫画が目に留まりました。この漫画自体は以前より知っていましたが、興味がなかったので読んだことはありませんでした。雑誌を買って初めて読んでみて、内容のダメさに驚いたので記事にします。連載を1回読んだだけで問題点がすぐにわかりました。


2.ダメな点

(1)科学的に疑問
実際の漫画は、1ページ目から突っ込みどころ満載の内容でした。

合成ゴムのスリッパを履くと、スリッパに含まれている化学物質が体内に侵入し、呼吸が苦しくなる。底が畳になっているスリッパを履くと平気だ。

「皮膚から微量の毒物が侵入して健康に悪影響を及ぼす」という概念は「経皮毒」と呼ばれますが、これには科学的な根拠が全くありません。足の皮膚から毒物が瞬時に吸収され、血管を経由して瞬時に脳に達し、瞬時に呼吸が阻害される、というのはあまりに考えにくいことです。

屋内にいると呼吸が苦しいので屋外に出ると、空気が黄土色に見える。

この部分の説明が不明瞭で、「外の空気が悪くなっているのではなく、過敏症がさらに悪化しているからだ」と述べられています。何だか意味がよくわかりません。空気が黄土色に見えるほど汚染されているのならば、とっくに地域で問題になり、対策が取られているはずです。実際の光景ではなく、単なる心象風景・想像と言うべきでしょう。ただし、「妻は微量の化学物質が目に見える」という描写が一貫しています。そのため、作者が本気でそう信じているのか、あるいは恐怖の象徴としての化学物質を視覚化しただけなのか。前者なのではないかという気がします。

合成ゴムでできている運動靴を履けない。
衣類のプラスチックのボタンや合成ゴムに素手で触れない。

「皮膚から体内に侵入する毒物が不快感の原因となる」と言いたいのでしょうが、極端過ぎますね。根拠がありません。

電気製品の電源コードを抜くと電磁波過敏症の症状が楽になる。

あきやま氏が電気製品の電源コードをコンセントから抜くと、妻の電磁波過敏症の症状が消えると説明されています。しかし、妻はあきやま氏がコードを抜くところを見ているわけですから、思い込みに起因する心因性の症状の可能性があります。電磁波が原因だということを証明するには、あきやま氏が妻に知らせずにコードを抜き差しして、症状がどう変化するかを調べる必要があります。医学で言うところの二重盲検法のような形です。厳密には二重ではありませんが。

全体的に、科学的な根拠もなしに体調不良の原因を化学物質だと断定する描写が目に付きます。もう少し客観的な根拠を提示して欲しいところです。これでは説得力がありません。

(2)漫画として面白くない
はっきり言ってしまうと、この作品は化学物質過敏症云々以前に面白くない漫画です。あくまで私の感覚ですが。あきやま氏の力量不足でしょう。経歴を調べてみても、ヒット作と呼べるほどの作品はありません。さらにはWikipediaにも個人の独立した項目がまだ作られていません。本人はこの作品を通じて世間の化学物質過敏症への理解を深めたいようですが、おそらく無理だと思います。単純に漫画として面白くない以上、広く読まれることはなく、話題にもならないまま終わってしまうことでしょう。一度読売新聞に取り上げられたようですが、注目が高まったということもないようです。
物凄く関係者一同に対して失礼な物言いになることを承知で言いますと、「スペリオール」は漫画雑誌としてメジャーではありません。印刷部数も少ないのが現状です。さらに、掲載順位はかなり後ろの方です。全体で380ページほどの雑誌で、301ページ目です。つまり、この作品はただの不人気漫画です。その現状を受け止めるべきでしょう。しかもあろうことか、表紙にタイトルと著者名が記載されていません。編集部にも期待されていないのではないかと勘繰りたくなりますね。

以下に、この作品の漫画としてまずいところを具体的に列挙します。

1)登場人物の表情が乏しい
妻は体調不良に苦しんでいるわけですが、画力が低いため表情の描写ができておらず、あまり苦しそうに見えません。苦しんでいるはずなのに薄笑いを浮かべているように見える場面もあります。さらに、夫婦とも常に口をポカーンと開けているので、緊張感のない顔、嫌な言い方をすれば間抜け面に見えます。あきやま氏は眼鏡を掛けていますが、目は描かれていません。本来、漫画で「眼鏡を掛けた人物の目を描かない」という演出は、表情・感情を隠し、不可解な人物、珍妙な人物であることを強調するための手法だと思います。このせいで、あきやま氏が妻を心配しているようには見えなくなってしまっています。植田まさし氏の漫画作品、「フリテンくん」や「かりあげクン」では眼鏡を掛けて目が描かれない人物は変わり者と位置付けられていますよね。

2)状況を全て台詞で説明する・台詞が不自然
この作品は化学物質過敏症の解説を目的としているので、説明すべき内容が多くなります。あきやま氏はその説明を全て台詞で行っています。そのせいで、台詞が冗長かつ説明口調になってしまっています。夫婦の会話としてはあまりに不自然です。行動や演出、ナレーションで説明できないものでしょうか。

3)演出が弱い
この作品の目的は、上に述べたように化学物質過敏症の患者の苦しみを訴えることです。となれば、多少大袈裟になっても(もちろん不正確にならない程度で)患者の苦しみ、化学物質の恐ろしさを強調すべきです。そうしなければ読者の注意を引けず、作品の意義はありません。ところが、前述のように妻の表情が乏しい上に動きも乏しいので、妻の苦しみを表現できていません。

作者としては妻の苦しみを客観的に淡々と描いているつもりなのかも知れませんが、実際にはただの面白くない作品に過ぎません。それどころか、あまりに科学的に問題のある描写が多いため、逆に化学物質過敏症という病気への理解を妨げる可能性があると思います。


3.ではどうすればいいか

現状では、この漫画が話題になり世間の化学物質過敏症への理解が深まる、そんな日は来ないと思います。いつまで連載が続くのかは知りませんが、注目されないまま終わってしまうことでしょう。ということで、勝手に改善策を考えてみました。

(1)医師・科学者の監修者を付け、科学的・医学的に問題のある描写をなくす。
(2)あきやま氏は原作のみを担当し、作画力・演出力のある漫画家に作画を担当させる。

あたりでしょうか。何だか物凄く失礼なことを言っている気がしますが。金を払って雑誌を買った以上私は読者であり、批判する権利ぐらいはありますよね。単行本が出たら買います。買ったらまた批判すると思いますが。

漫画雑誌という娯楽メディアを使って世間に広く主張を投げ掛けている以上、漫画作品として面白くなければ存在意義がありません。実際のところ、今回で不定期掲載の20回目であり、掲載開始から1年近く経っているのにほとんど話題になっていません。連載中の作品だというのに、twitterで「かびんのつま」で検索してもヒット数が少ない上に、トンデモぶりが注目されている有様です。連載は打ち切られずに完結するのでしょうか。単行本は刊行されるのでしょうか。刊行されても初版の部数は流通するのに十分でしょうか。先行きは暗いような気がします。
原因が不明でも妻の苦しみは事実なのでしょうから、あきやま氏が漫画家として腕を上げて面白い作品、読者が引き込まれる作品を描いてくれることを期待します。しかし、陰謀論、被害妄想に走っている気配があるので残念ながら難しいでしょうね。