バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

サンデー毎日の「ナノ純銀除染」擁護記事

つい先日刊行されたサンデー毎日が、疑似科学として悪名高い「ナノ純銀除染」を全面的に擁護する記事を掲載するという度し難い暴挙に出ました。タイトルは、『アッキーが視察したナノ銀の除染効果−3・11「2年後の人災」−昭恵夫人が思わず漏らした「主人に伝えます!」 除染に立ちはだかる「原子力ムラ」 論文発表で効果示した「ナノ銀」の壁』です。編集部や著者の意図がどうであれ、これは疑似科学の片棒を担ぐ反社会的行為であり、報道機関にあるまじき行為です。この問題を深く考えたいと思います。

最初に内容を要約すると、以下のようになります。

先日紹介した週刊朝日の記事とは全く違います。あまりの程度の低さに情けなくなります。
この記事の全体的な問題点を列挙します。

以下に記事の文章を引用しつつ、個別に検証します。

(阿部氏)「私と昭恵さんの共通の友人が縁で、放射能の除染方法や効果を知りたいということで来館されたのです」

この「ナノ純銀除染」グループは極めて政治的に行動しており、政治家と積極的に交流しているようです。政治ジャーナリストが二回も提灯記事を書くあたりからもそれが伺えます。記事中にもありますが、生活の党所属の国会議員、森ゆうこ氏がこの技術を支持しており、今月の国会で下村博文文部科学大臣にこの技術に関する質問を行っています。また、前回の記事では、タイトルに明らかなように小沢一郎氏の関与が示されています。
昭恵氏が自らの意思でこのグループに接触したのか、あるいはこのグループが最初から彼女との接触を目的としていたのかはわかりません。いずれにせよ、このグループが昭恵氏の「首相夫人」としての地位、影響力を利用しようと考えているのは明らかです。
「首相夫人」という非常に重い立場にありながら、疑似科学に利用される昭恵氏は非常に軽率だと思います

阿部氏は福島第1原発事故後、この2年間で718回に及ぶ除染実験を各地で重ねてきた。

科学的に間違った実験は、何百回何千回繰り返そうと意味がありません。また、既にそれほど膨大なデータが蓄積されているのならば、論文を書けるはずです。原発事故から既に二年が経過しており、「論文を書く時間がない」とか「論文より実践が先だ」という疑似科学者の定番の言い訳は通用しません

(地元ジャーナリスト)「汚染土などを地下に埋める今のやり方は、ゼネコンなどの既得権益。除染方法について、新規参入を認めない構図があるのです」

「ナノ純銀除染」が認められないのは、効果がないからではなく、利権の問題で排除されるからだそうです。定番の陰謀論ですね。

阿部氏が研究したナノ銀の成果を発表する場が設けられた。アッキーが訪れた約3週間前の2月6日、「大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構KEK)」(茨城県つくば市)で開かれた「放射線検出器とその応用」という研究会だ。会の主宰は、同機構放射線科学センター。

これはあくまで「研究会」であり、研究会で発表されたからと言って、「内容の正しさが科学の世界で認められた」という話にはなりません。研究会や学会の発表には内容の審査がないので、正しさの根拠とはなり得ません科学の世界で認められたいのならば、論文を書かねばなりません

約60人集まっていた研究者の中から異論や反論は出なかったという。

「発表の際に反論がなかった」=「内容が正しいと認められた」ではありません。あまりに我田引水、牽強付会です。

(岩崎氏)「実験データの報告を示しましたが、放射性セシウム減弱のメカニズムまでには至っていない。疑問に感じたり、興味を示した他の研究者グループによる追試が必要です」

このような「検証責任の転嫁」は疑似科学者に広く見られる傾向です。

データばかり示されても、どうしてそうなるのかというメカニズムが検証されないと学会では認めにくいというわけだ。

「ナノ純銀除染」が認められないのは、「科学者が頑迷だから」と言いたいようです。科学者はメカニズムが不明なものを認めたくない、というのは事実ですが、それ以上に、この技術は検証以前の問題だと見なされているのではないでしょうか。
この「ナノ純銀除染」の技術が本当に宣伝通りの効果を有しているのならば、大変な大発見です。ノーベル賞どころの騒ぎではありません。科学の歴史どころか人類の歴史を塗り替える可能性があります。何しろ、放射能を消せるのですから。「Nature」や「Science」といった世界最高レベルの学術誌に何本でも論文が掲載できます。事故から既に二年が経過しているわけですから、論文を書く時間はいくらでもあったはずです。にもかかわらず、まだ論文は発表されていない。これは、研究グループの科学者としての怠慢、無能を表すものです。阿部氏は既に昨年著書でこの技術を紹介しています書籍は書いても論文は書かない典型的な疑似科学者です

経産省関係者)「門外漢のホタル研究家が見つけた方法を素直に受け入れる専門家が、原子力ムラにいるはずがない。新しい除染方法は原子力ムラの中で開発していくべきとの意見も強い。これまで膨大な予算を使って研究を重ねてきた。それが無くなるのは死活問題ですからね」

結局は「原子力ムラ」ですか。便利な言葉ですね。都合の悪いことは全て原子力ムラのせいにすればそれ以上の説明はいらないわけですから気楽なものです。

ナノ銀に限らず、効果がありそうなら、一刻も早く試したらどうなのか。歯がゆい思いをしているのは、当の被災地だ。
(中略)
大熊町の横山常光・復興事業課長)「除染できる可能性があるのならドンドンやって欲しい、との思いはあります。除染が進まないと復興も何もありませんからね」

除染できる可能性は極めて低いと思います。ゼロとは言いませんが。液体を大量に散布すれば希釈や洗浄が起こって放射線量が下がる可能性は否定できませんので。しかし、費用や時間、労力を考えるとやめるべきです。

前出の阿部氏は、昭恵夫人の一言が、今も心に残る。「やればいいじゃない。議論よりも、なぜ現場でやらせないのかしら」

議論、検証を棚上げして実践を優先するのは疑似科学信者に広く見られる態度です。
国策として、効果があるかどうかわからない怪しげな技術を導入しろと言うのでしょうか首相夫人の言葉としてはあまりに軽率だと思います。結果としてこのように疑似科学の片棒を担がされているわけですから。
このような人物が首相夫人であるということは、日本人にとって大変な不幸です。あくまでこの記事の内容が事実であるとすれば、ですが。流石に夫である首相はこのような妻の妄言を却下してくれるであろうと信じております。また、何かの間違いで首相が信じてしまっても、経産省文科省の官僚が総力を挙げて止めるであろうとは思います。
記事のサブタイトルに倣えば、この首相夫人、この記事こそが「2年後の人災」と言えます


被災地は消耗しています。私は被災地に行ったことがないので伝聞に過ぎませんが、現地で活動している知り合いの農学研究者の話を聞く限りでも、それは痛いほどわかります。
被災者にはほんの僅かでも希望が必要なのはわかります。しかし、疑似科学は被災地に希望を与えられるのでしょうか? 仮に与えられたとして、その希望は本物なのでしょうか? 偽物だった場合、被災者は「梯子を外される」形となり、再度絶望させられるハメになります。そんな偽りの希望は最初からない方がマシです。「持ち上げて落とす」のは最低の行為です。
除染には費用、時間、労力などの多くの社会的資源が必要です。効果が期待できない技術を実践することは避けねばなりません。「ナノ純銀除染」などという胡散臭い技術は最初からお呼びでないのです。疑似科学は被災地を無駄に消耗させるだけです。
このような技術を擁護する記事を掲載したサンデー毎日という雑誌を、心の底から軽蔑します。