バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

「批判する前に自分でもやってみろ」という詭弁

既に色々な方が述べていますが、疑似科学信奉者は、立証責任を転嫁する傾向が非常に強いと見られています。
有名なところでは、疑似科学批判者として知られるアメリカの心理学者、テレンス・ハインズ博士は、疑似科学信奉者の特徴として、検証を拒否することと、立証責任を転嫁することを挙げています。

具体的に言うと、「○○(疑似科学)が正しいと証明しろ」との批判を受けると、「○○が間違っていると証明しろ」と反論するわけです。
これは一見正論のようですが、本来自分が行うべき検証を批判者に転嫁しているわけで、非常に無責任かつ不誠実な態度です。
そもそも、根拠となる検証を批判者に押し付けている時点で、自分の主張には何の根拠もないことを認めているも同然です。

山形大学准教授の天羽優子氏は、以下のように述べています(抜粋)。

「自ら立証責任を果たさないニセ科学は、科学の世界では却下」
科学では、常に、新規なことを主張する側が立証責任を負うのがルールである。
ニセ科学を信奉する側の特徴の一つに、立証責任を科学の側に押しつける、というものがある。とんでもない説を発表しておいて、批判されると、「私の言うことが間違いだというなら立証してみろ。それができないのであれば私の説は正しい」と主張するというものである。

(出典:化学と工業 59巻12号 P1231 2006年

これは至って当たり前のことですよね。何か言いたいことがあるならば、根拠を提示し、自分が正しいことを客観的な方法で証明しなければなりません。科学に限らず社会生活を送る上で当然のことです。
根拠もなしに主張を行い、批判を受けたら検証を相手に押し付ける。疑似科学信奉者の考え方には大いに問題があると言わざるを得ません。

以下、私がネット上で出くわした疑似科学信奉者の主張です。

(1)腐った米のとぎ汁が放射能を防ぐと主張する人物(もはや教祖と呼べます)
批判者「放射能のせいで病気が増えているという根拠を出せ」
教祖「自分で調べろ」(出典

(2)同じく腐った米のとぎ汁が放射能を防ぐと宣伝するブログにて
私「腐った米のとぎ汁が放射能を防ぐ効果があり、衛生的にも安全であると証明しろ」
ブログ主「効果がなく衛生的に危険であると証明しろ」

(3)肉や卵、乳製品は体に悪いと主張するブログにて
私「肉や卵、乳製品は体に悪いという根拠を出せ」
読者「ベジタリアン生活を自分でも実践してみろ」

(4)私のこのブログにて
私「オオマサガスはエネルギー保存則に違反している。よくあるインチキ永久機関だ」
コメント者「インチキだというのならば実験で証明してみせろ」


もし私が「俺は世界最強の男だ」と主張すれば、当然ながら証明を要求されます。「大相撲の横綱と戦って見せろ」とか「ボクシングの世界ヘビー級統一王者と戦って見せろ」といった具合に。ここで私が「俺が世界最強の男でないと証明しろ。俺より強い男がいると証明しろ。証明できないのならば、俺が世界最強の男だ」と言えば、私はただのバカとして誰にも相手にされなくなるでしょう。
繰り返しますが、何事にも主張の際には根拠が要求されます。根拠を伴わない主張は却下されて当然です。言い出しっぺが証明しろという至極簡単な話です