1.はじめに
7/15(水)に、茨城県つくば市の国立環境研究所にて、公開シンポジウム「ネオニコチノイド系農薬と生物多様性〜何がどこまで分かっているか? 今後の課題は何か?」が開催されました。記事にて報告します。
実に楽しく、有意義なシンポジウムでした。しかも私は業務として参加したので、会社から交通費が出ておりました。参加費は無料でしたが。皆さんも会社の金で公然と遊べる身分を目指しましょう。
会場内での写真撮影が禁止されていたのが残念です。
講演内容は以下の通りです。
ネオニコチノイド系農薬の基礎知識 永井孝志(農業環境技術研究所)
ネオニコチノイド系農薬等のハナバチ類への影響 中村 純(玉川大学)
ネオニコチノイド系農薬の生態リスク評価 五箇公一(国立環境研究所)
水田におけるネオニコチノイド系農薬影響実態 日鷹一雅(愛媛大学)
私は十数年前に大学の農学部に入学し、それ以来数え切れないほどの生物学者を見ています。その私の実感は、「フィールド系の生物学者はアクが強い方が多い」です。今回の四名もまさにそうでした。特に五箇さんは顔も服装も講演内容も全てが実にロックでした。(五箇公一画像検索)
NatureやScienceの論文だからといって無条件に信用してはいけない、との説明の際に表示された画像が某元女性科学者で、会場に爽やかな笑いが起こりました。同じ国立研究法人でも国立環境研究所は環境省の管轄で、理化学研究所は文部科学省の管轄ですからネタにできるわけですね。
永井さんはあのレイチェル・カーソンを思い切り批判していましたし。
2.前提条件
ネオニコチノイド系農薬の問題を考えるに当たっては、以下のような事実が大前提となります。これらの問題を無視してこの農薬を論じる意見は何の価値もないので全く無視して構いません(私見ですが)。
- 日本の気候条件では無農薬農業は非常に難しい(参考:拙ブログ記事 日本で無農薬農業が難しい理由)。
- 日本の農業労働力の減少と高齢化が急速に進んでおり、農薬による省力化は必須である。
- つまり、残念ながら現状では「農薬は必要悪である(パネルディスカッションでの五箇さんの発言そのまま)」。
- 国際的な学術誌に論文として掲載されていない情報は科学の世界で評価を受けていないので価値が低い。ただし、NatureやScienceは商業誌なので、世論に便乗したり煽ったりする傾向がある。
- 因果関係と相関関係は全く別の問題である。無関係の現象が同様の推移を示すことは起こり得る。
3.個別の内容(パネルディスカッションも含む)
(1)ネオニコチノイド系農薬の基礎知識 永井孝志(農業環境技術研究所)
- 米国ではかつて様々な医療器具に関して根拠もなしに危険だとする主張が横行し、行政が「予防原則」に基づいて規制を強めた。さらに規制そのものが根拠となってしまい、社会の不安とさらなる規制という悪循環が起こった。企業がリスクを恐れて医療器具の開発・製造を避けるようになり、患者が不利益を受けた。やがてデータの蓄積と共に各種器具の安全性が確認された。「予防原則」を無制限に進めることは社会の利益にならない。
- EUやアメリカでネオニコチノイド系農薬の規制が進んでいるが、そもそも環境への悪影響はデータ不足によりほとんど評価されていないので、本来は判断ができないはずである。
- 現状のミツバチの暴露量に関するデータでは、悪影響が生じるとは考えられない。極端な過大評価が行われている。
- EUでの規制に関しては内部でも反対意見が多く、科学ではなく政治に基づく判断である。
- 生態系への影響について、他の農薬との比較が行われていない。他の農薬の方が影響が小さいとは言えない。
- 近年の日本におけるネオニコチノイド系農薬の消費量は横這いである。かつての他の種類の殺虫剤の使用量はもっと多かった。
- 浸透移行性、神経毒性が問題視されるが、同様の殺虫剤は昔からある。
- ADIから判断すると毒性が低い。
- ミツバチへの毒性はネオニコチノイド系農薬より、養蜂で使用される防ダニ剤の方が強い。
- 科学的な評価が行われていない。ネオニコチノイド系農薬は特別な農薬ではない。世界的にマスメディアが強い予断と偏見を持ち、世論を誘導している。
(2)ネオニコチノイド系農薬等のハナバチ類への影響 中村 純(玉川大学)
この内容は今年の3月に行われた日本農薬学会のシンポジウムとほぼ同じですので、拙ブログ記事の内容を再編集して再掲します。講演時間の関係で前回の方が内容が多いので、詳しくは当該記事をご覧下さい。
- ミツバチの農薬に起因すると考えられる異常は最近初めて起こったことではない。数十年前から断続的に起こっている。
- 送粉者(花粉媒介者)としての能力はミツバチより野生のハナバチ類の方が重要であり、野生のハナバチが減少している。
- 野生のハナバチには農地周辺の餌場(蜜と花粉の供給源であるお花畑)と営巣場所(むき出しの土の地面)が必要であり、農地とその周辺の開発の影響が大きい。
- 農地周辺のお花畑が減少したことでミツバチの農地への依存が強まり、農薬の影響を受けるようになった。
- 世界的にミツバチは増加し続けている。ミツバチの個体数に決定的な影響を及ぼすのは養蜂業の動向である。先進国では養蜂が衰退している。
- ミツバチの異常の原因で大きいのは病気・害虫・餌場不足による栄養状態の悪化である。
- ミツバチは強い社会性を有する生物であり、実験室で数個体を隔離して行った毒性試験では強いストレス状態にある。野外試験では室内実験と同様の結果が出ない。
- ネオニコチノイド系農薬が原因だとされる被害の報告はあるが、他の農薬でも同様の報告はあり、ネオニコチノイド系農薬だけが特に毒性が強いとは言えない。
- 現状の蜜や花粉中のネオニコチノイド系農薬濃度はミツバチに影響が出る水準ではない。
- 現状のネオニコチノイド系農薬によるミツバチへの主要な影響は、農地周辺に飛来したミツバチが種子コート剤(EUの場合)あるいは散布剤(日本等の場合)に直接的に曝露することによるものである。
- ミツバチの個体の大半は何もしておらず、働く個体に異常が生じれば余剰個体が埋め合わせるので、巣全体としては、多少の個体数の減少では影響を受けない。
- EUでは世論に押されてネオニコチノイド系農薬の使用を規制しているが、ミツバチの状況は好転していない。また、優れた農薬であるネオニコチノイド系農薬に代わる農薬や農薬以外の手段を考えなかったため、農業生産に悪影響が出ている。
- オーストラリアではネオニコチノイド系農薬を規制していないが、ミツバチへの影響はない。
- ミツバチの減少の大きな原因は養蜂業の問題である。
- 上記の餌場の減少による栄養状態の低下(病気や害虫への抵抗力の低下にもつながる)。
- 巣の衛生状態の悪化による病気や害虫、ストレスの増加(巣内の過密飼育・巣の使い回し)。
- ミツバチの減少を食い止める対策は、農薬の規制より農地周辺部にお花畑を増やすことが重要。
- ミツバチの健康状態が改善され、個体数も増加する。
- ミツバチが農地に依存しなくなり(農地に近付かなくなる)、農薬の影響が減る。
- ミツバチ以外のハナバチにも好影響が出る。
- 送粉者の増加により受粉効率が良くなり、農業生産に好影響が出る。
- 耕作放棄地の維持(農地復元の可能性を残す)。
- 景観の向上。
- ネオニコチノイド系農薬は斑点米カメムシの防除に用いられることが多いので、斑点米の基準を変えれば使用量を減らせる。消費者の意識改善が必要。
- CCD(蜂群崩壊症候群)が起こっているのはアメリカとスイスだけである。
- そもそも日本の養蜂は外来種であるセイヨウミツバチを利用している。蜜源植物もニセアカシアを始めとする外来種が多い。元々生態学的に難しい側面のある産業である。
(3)ネオニコチノイド系農薬の生態リスク評価 五箇公一(国立環境研究所)
- 農薬の生物への影響は特定の種を用いて行われるが、種間の感受性の差が非常に大きいので、評価が難しい。
- ネオニコチノイド系農薬の中でも毒性と環境への影響が一致しない。
- ネオニコチノイド農薬(現在認可されている薬剤は7種類)の毒性・物理性・化学性は様々であり、一括して論じることはできない。
- 農薬の種類ごとに分解性・残留性・流出性が異なり、影響が及ぶ範囲、期間が異なる。
- 農薬が影響を及ぼす生物群も異なる。
- メソコズム試験*1の結果から見ると、フィプロニル(ネオニコチノイド系ではないがEUでネオニコチノイド系農薬3剤と同様に使用規制された浸透移行性殺虫剤)がトンボに悪影響を及ぼしている可能性はかなり高い。
- しかし、トンボは水田農業に強く依存している。水田の栽培方式の変化の影響も無視できない。*2
- ネオニコチノイド系農薬を使わなければ問題が全て解決するというわけではない。
- 農業人口の減少と高齢化が進む現状では、ネオニコチノイド系農薬による省力化(水田の苗箱処理剤など)は無視できない。無農薬農業は考えられない。
- 農薬の進化は非常に速い。より選択性や分解性の高い農薬の開発が進んでいるため、農薬の評価や管理の枠組みや、農薬に関する議論もその進化に対抗して進化していかなければならない。
(4)水田におけるネオニコチノイド系農薬影響実態 日鷹一雅(愛媛大学)
- 農村の生態系は非常に複雑で無限の要因が存在するので評価が難しい。農村や栽培方式の歴史が多大な影響を及ぼすため、農薬単独の影響を論じることができない。
- 農村に生息している生物種は地域差が大きいので、地域間の比較が難しい。対照区が設定できない。生物多様性のデータの蓄積が重要。*3
- ネオニコチノイド系農薬の使用実態、各剤の毒性や理化学性、実験圃場と野外の比較など、総合的な考察が必要である。
- 無農薬農法や有機農法の推進者の中にも、水田除草のために外来種(スクミリンゴガイ:いわゆるジャンボタニシ)を撒くなど、生態学的におかしなことを推進するような人も多い。農業は極めて地域性が強い営みであり、ある地域で成功した手法がほかの地域でも成功するとは限らない。
4.おわりに
結局のところ、このネオニコチノイド農薬の生物多様性への影響の問題は非常に複雑で、「ネオニコチノイド系農薬をやめればよい」という単純な結論には至らないということです。
農村の生物多様性が低下していることは事実であり、程度の解釈は難しいものの、ネオニコチノイド系農薬がその原因の一つであることは否定できません。では、この農薬を全廃すれば問題は全て解決するのか、この農薬なしで日本の農業は成り立つのか、などなど総合的な考察が必要となりましょう。教条的に農薬を忌避しても何の解決にもなりません。現状では農薬が必要悪であるという現実を受け止めた上で、より安全性の高い農薬や、農薬の使用量をより少なくする技術、農薬のみに依存しない作物保護技術が開発されることを期待しましょう。実際に農薬の安全性は年々高まっており、使用量も年々減っているわけですから。
余談ですが、あのグリーンピースのメンバーが参加していました。パネルディスカッションの質問の際に自ら名乗っていました。どんなヒステリックな質問を飛ばすのかとワクワクしましたが、非常に大人しい内容だった上に回答に対して反論もしなかったので、拍子抜けしました。大まかには「無農薬は可能だと思うか」「無理」というようなやり取りでした。