バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

「奇跡のリンゴ」という幻想 −印象操作−

1.はじめに

引き続き、「奇跡のリンゴ」に対する批判です。
前回述べた通り、木村氏は数字を挙げて実証することに対して消極的な人物です。そして、宣伝に余念がない人物でもあります。実証性に欠ける人物が宣伝を行えばどうなるか。「印象操作」になるのは当然の結果です。事実、木村氏の主張は印象操作にあふれています。
ここで、今回の記事における「印象操作」という言葉の使い方を念のために説明しておきます。「お前のこの記事そのものが木村氏に対する印象操作ではないか」との批判を事前に封じるためです。
私はこの「印象操作」という言葉を、「客観的な根拠を示さずに自己を称賛する、あるいは自己と競合するものを批判することで、第三者に自己に有利な印象を抱くよう誘導する」という意味で用います。


2.検証

今回の検証のために用いた書籍は、「百姓が地球を救う 安全安心な食へ“農業ルネサンス”(東邦出版)」です。この書籍は、タイトルが示す通り木村氏の思想や信念が強く表れており、「奇跡のリンゴ」という物語の根幹を明確に示しています。ただし、内容は農学的にはほとんど価値がないので、お勧めしません。

(1)妻が体調を崩したのは農薬のせい?
木村氏は無農薬農栽培を始めたきっかけを、「妻が農薬により体調を崩したためだ」と常に述べています。私はこれは印象操作だと思っています。なぜならば、木村氏はこの書籍の中で、

農協から配られるマニュアルなど横に置いておいて、希釈率は2割増し、3割増しが日常茶飯事。水500リットルに石灰ボルドー500ミリリットル入れるところを、1000ミリリットル入れたりと、倍以上に濃くすることもしょっちゅうでした。
「どうせ撒くなら、強くした方がいいよね」
とものすごく強度なムードで撒いていました。(P35)

と述べています。何のことはない、農協の指導を守らず、農薬を使い過ぎていたのです。これでは、「妻が体調を崩したのは農薬のせいだ」とは言えなくなります。木村氏が農協の指導に従って規定通り正しく農薬を使用していたら、妻は体調を崩さなかったかも知れません。後付けの結果論に過ぎませんが。
自分の過失を認めず、農薬が危険だという印象を植え付けようとするのは誠実な態度とは言えません。

(2)昔の農薬が危険だから現在の農薬も危険?
農薬が危険だと読者に思わせるための誘導は他にもあります。

パラチオンは「とにかく虫を殺してやる!」という強力な殺虫剤です。農家の人の健康など考えていません。もちろん、リンゴのことや、それを購入して食べてくださる消費者への心遣いなどゼロです。口に入ったらすぐに医者にかからなければならないほどの威力でした。
なんらかの悲しい理由で農家が自殺するときは、パラチオンを飲みます。100ミリリットルとか500ミリリットルの茶褐色のビンが、いかにも猛毒と言う雰囲気を醸し出しています。ひと煽りすると、窒息死します。(P33)

この説明の重大な問題点は、パラチオンは40年以上も前に日本で使用が禁止されている農薬だということです。つまりは、過去の遺物です。
参考:パラチオン及びパラチオンメチルの概要について(内閣府食品安全委員会)
現在の農薬は過去の農薬とは比較にならないほど危険性が低下しています。科学ジャーナリスト松永和紀氏の書籍、「踊る食の安全 農薬から見える日本の食卓(家の光協会)」から引用します。

化学物質は「毒物及び劇物取締法」により、毒性の強い順に特定毒物、毒物、劇物、普通物に分けられています。農薬における毒物や劇物などの割合を見てみると、50年代には特定毒物が3割近くに上ったり、毒物が3割を超えたりしています。しかし、60年代には特定毒物、毒物共に一気に減少します。劇物も年を追うごとに減り、その一方で普通物の割合が上昇。2003年には普通物が79.6%、劇物19.5%、毒物は0.9%に、特定毒物はゼロになっています。(P39)

農薬が危険だと言いたいのならば、現在の農薬について述べなければ意味がありません。遠い昔に使用禁止になった危険な農薬を引き合いに出して「農薬は危険だ」と強弁するのは公正ではありません。もちろん、パラチオンが現在では使用禁止であることなどこの書籍では述べられていません。
茶褐色のビンが毒々しいというのも印象操作です。光による変性を防ぐために、薬品を茶褐色のビンで保存するのはごく当然のことです。毒物に限りません。この論法が成立するならば、エビオス錠強力わかもとも茶褐色のビンに入っているので危険だということになってしまいます。

(3)この世の悪は全て農薬と肥料のせい?
農薬と肥料を使わない自分の農法を宣伝するために、農薬と肥料が諸悪の根源であるかのように強弁しています。

2011年8月に厚生労働省が、「日本人の2人に1人がなんらかのアレルギー性疾患を持っている」と発表しました。化学物質過敏症の人も急激に増えています。これまで変わらずに信じられてきた、農薬や肥料だらけの農業と決して無関係ではないと思います。(P15)

食べ物が大きな原因のひとつといわれる糖尿病やアレルギー、ガンなどの病気になる恐れが少なくなるでしょう。(P25)

自然栽培で育った自然治癒力を持ったリンゴや野菜、おコメが、人間の治癒力に好影響を与えることは、論理的に十分考えられます。
日本ではガンによる死者が年々増えています。これだけ医学が進歩しているにもかかわらず、です。なぜなのでしょうか。
一方、アフリカなど発展途上国にガン患者が少ないという話はよく聞きます。つくづく考えてしまいます。農薬・肥料を使わない、自然界に自生しているものを食べている国の人たちのほうが、本当は豊かな食を得ているのではないか……。(P79-80)

正確なデータがあるわけではありませんが、すぐにカッとなる、キレやすい、角のある人間が多くなったのは、そういう栽培(引用者注:肥料を用いる栽培方式)で作られた食材が大きく影響しているのではないかなぁと思っています。(P133)

一般栽培や、多くの有機栽培で作られた野菜、おコメ、果物は、腐ります。腐敗です。
一方、自然栽培で作ると、腐らずに発酵したり、枯れてしぼみます。(P166)

生活環境の悪化とともに、日本人の体質がおかしくなってきているのは、間違いないでしょう。
環境悪化の原因のひとつとして、肥料・農薬を使う一般栽培による汚染が考えられます。
また、体調変化の原因のひとつが食べ物であることも、疑う余地がないと思います。(P172)

日本だけではなくて世界的な現象ですが、この異常気象の一因である肥料・農薬・除草剤などの農業資材を自然栽培は使いません。(P201-202)

当然ながら、これらの主張の根拠は全く示されていません。酷過ぎるのでコメントは控えます。
何でもかんでも農薬と肥料のせいにできるのならば、我々はもっと気楽に生きられるでしょうね。


3.印象操作に頼る必要などないはず

私がなぜ木村氏を批判しているのかと言うと、あまりにもったいないからです。私は木村氏の主張や技術には何の価値もないとは決して思っていません。
今回引用した書籍のタイトルに明らかなように、木村氏は世界の農業を変えたいという壮大な理想を有しています。また、理想の農業を実現するために、多大な努力を行っています。データが提示されていないのではっきりしたことはわかりませんが、農薬や肥料といった農業資材の投入を極力減らした下での栽培技術を有しています。変てこな技術を語ることもありますが。

もし木村氏が「無農薬・無肥料」に執着せず、「減農薬・減肥料」という枠組みで農業を行えば、高い成果を上げている可能性があります(あくまで可能性に過ぎませんが)。それこそ、世間に対して農作物の収穫量や品質を数字で誇示できるかも知れません。そうすれば、数多くの農業・農学関係者の支持を得られているはずです。つまり、日本の農業を変えるとまではいかなくとも、日本の農業に貢献することも不可能ではないはずです。陳腐な感動物語や嘘臭いオカルト話、稚拙な印象操作に頼る必要などありません。
木村氏は現状では理想を実現できていません。世界の農業を変えるどころか、地元である青森県のリンゴ栽培ですら変えられていません。木村氏が日本の農業を変えること、日本の農業に貢献することは未来永劫ないと思います。あまりにももったいない話であると言わざるを得ません。

木村氏が姿勢を改め、日本の農業に貢献してくれる日が来ることを切に願います。
批判ばかりしていると人格破綻者だと思われるので、たまには前向きなことも書きます。



6/23 追記

肝心なことを書き忘れていました。
以前述べたように、「奇跡のリンゴ」の「無農薬・無肥料」という宣伝文句こそが最大の印象操作ですね。優良誤認と言えます。
しかも、木村氏は酢が農薬取締法上は特定農薬に該当し、自分の農法が無農薬栽培とは言えないことを知っています。「自然栽培ひとすじに(創森社)」という書籍では、次のように述べています。

改正農薬取締法で食酢が特定農薬に認定されたので、厳密にいうと私の農法は無農薬栽培とは表現できないようです(P19)

また、「すべては宇宙の采配(東邦出版)」という書籍では、酢が特定農薬として扱われることに関して、農薬取締法に対する不満を述べています(P142)。
自分の主張が法的に問題があることを知っていながら、公然と開き直るのは誠実な態度とは言えません。

「食の安全情報blog」の『食品表示から考える「奇跡のリンゴ」』という記事で解説されているように、食品の表示の問題は非常に複雑です。現状では、農産物の宣伝において「無農薬」との表現を用いることは法的に問題がありそうです。詳しくはこの記事およびその中で引用されている農水省の資料、「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」をご覧下さい。
例え本当に無農薬栽培であっても、「無農薬」とは宣伝できません。ましてや木村氏は特定農薬である酢や無登録農薬であるワサビ製剤を用いているのですから、「無農薬」と銘打つのはアンフェアな印象操作です。