バッタもん日記

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おじいさんは山へしばかりに −日本における森林の利用と破壊の歴史− その2 日本の植生の特徴と変化(1)

おじいさんは山へはばかりに行きました。野糞。

1.はじめに

今回の記事では、人間による利用と破壊が植生にどのような影響を及ぼすかを述べるわけですが、最初にその大前提として必要となる基礎知識を説明します。中学校卒業レベルの科学知識があれば理解できるような説明になっているつもりです。

(1)植生は年平均気温と年降水量で大よそ決まる

植物が生きるために必要な資源は日光と気温と水です。植物は根から吸い上げた水と、葉の気孔という微小な穴から吸収した空気中の二酸化炭素を材料とし、日光をエネルギー源として炭水化物(ブドウ糖)と酸素を造り出します。この活動を光合成と呼びます。また、気温が高すぎたり低すぎたりすると生命活動が制限を受けますので、気温はある程度の範囲内であることが必要となります。*1ところで、光の強さは専用の測定装置が必要となり、環境の指標としてあまり便利ではないことと、気温と日光には強い関係があることから、気温と降水量が植生を考える上での大きな基準となります。
もちろん他にも土壌の肥沃さや風の強さ、積雪量*2、地形、海からの距離(潮風や砂嵐の影響)など様々な条件がありますが、基本的には植生は年平均気温と年降水量で決まると考えて下さい。

(2)日本の植生はなかなか多様でタフである

世界的に見て、日本の地理的な特徴は以下のような点です。

  • 気温が比較的高い
  • 降水量が多い
  • 南北に長い

参考までに、古い文明を誇る各都市と欧米各都市の気候条件を表にまとめると、以下のようになります。日本が温帯に位置する先進国としては、非常に気候条件に恵まれた国であることがよくわかります。

気温が高く、降水量が多いということは、植物の生育に適しているということです。つまり、日本は非常に植物が多様です。また、日本列島は南北に長いために気候帯が亜寒帯から亜熱帯まで多様で、さらにそれに応じて植物も多様になります。
また、気候条件が植物の環境に適しているということは、植物の生長(回復)が早く、多少の破壊を行っても植生は消滅しない、たとえ植生が消滅してはげ山になっても放置すればいずれは森林に戻る、ということです。日本の植生はなかなか頑健です。世界的に森林面積が急速に減少している中で、現代の日本では国土面積の7割近くを森林が占めており、世界有数の豊かな森林に恵まれた国であると言えます。
参考:平成26年度 森林・林業白書 参考資料

中国の古都である西安は砂漠同然の黄土高原*3に囲まれていますし、数々の古代文明を生んだ地中海沿岸部も植生がかなり劣化していることがうかがえます。古代ギリシャやローマの遺跡は大体が荒地の中に存在しています。日本の古墳が立派な森林に覆われているのとは全く違います。(大仙陵古墳画像検索古墳に興奮。
長い歴史を誇る国々で深刻な森林破壊が起こり現在も回復していないのに対して、それなりに歴史の長い日本で森林が豊富に残っている理由として、「日本の文化は森林に優しい」ということを主張する人がいます。歴史や環境の専門家にもいます。個人的にはそれはそれである程度正しいと思いますが、上の表に示した通り、日本で森林が残った理由として最も大きいのは「気候に恵まれていたから」、という身も蓋もないことだと思います。このような思想は排外主義や国粋主義紙一重ですので、用心して下さい。*4

(3)用語の定義

専門的な話を理解するにはまず用語と概念を理解しなければなりませんので、簡単に説明しておきます。

  • 撹乱:森林が破壊されること
    • 自然による撹乱
      • 強風
      • 洪水
      • 土石流
      • 山火事
      • 積雪
      • 火山の噴火(溶岩・火山灰・火砕流
      • 病虫害*5
    • 人為的な撹乱
      • 樹木の伐採:燃料・木材
      • 樹木の枝打ち:燃料(柴刈り)
      • 枯れ枝拾い:燃料(柴刈り)
      • 落葉拾い:肥料
      • 草刈り:肥料・飼料など(芝刈り)
      • 家畜の放牧
      • 火入れ:森林化を防ぎ、草原を維持する(画像検索 若草山 山焼き阿蘇 野焼き
  • 遷移:撹乱からの植生の再生
    • 一次遷移:火山活動などにより、地上にも地中にも植物が存在しない状態から始まる遷移*6
    • 二次遷移:伐採後の森林のように、地上にも地中にも既に植物が存在する状態から始まる遷移
      • 一次遷移と異なり、既に土壌が存在しており、さらに土壌中には種子や根などの植物体が生存しているので、植生の回復は一次遷移よりはるかに早い。
  • 極相林:遷移の最終段階(極相)に達しており、今後大きく変化しないと考えられる森林(ただし、自然撹乱による部分的な破壊と再生は時々起こっている)
  • 原生林:極相林のうち、人間による影響がないと考えられる森林
  • 天然林・自然林:人間による植林ではない森林(要するに人工林ではない森林)
  • 二次林:二次遷移の途上にある森林(薪炭林など)
  • 陽樹:成長に強い光を必要とする植物で、遷移初期に多い
  • 陰樹:成長に強い光を必要としない植物で、遷移後期に多い
  • 樹木希林

遷移は陽樹林→陰樹林という順序で進みます。陽樹は成長に強い光を必要としますので、日陰となる成木の下では若木が育ちません。一方の陰樹は陽樹の下でも育ちます。そのため、やがて後継者となる若木が育たなかった陽樹は枯死して消滅し、陰樹林が成立することとなります。


(4)植生は自然に変化する(遷移)

人間に破壊されれば植生が変化するのは当然ですが、人間が何もしなくても自然現象として植生は変化します。それが上に述べた遷移です。日本の温暖地における遷移を簡単に図示すると、次のようになります。撹乱はこの図で植生を左に進ませる力です。

落葉や枯れ枝は、本来有機物として土壌に還元されるべき資源です。落葉を肥料(堆肥の材料など)として、枯れ枝を燃料として収奪すると、土壌の肥沃性は低下します。これにより、やせた土壌を好む植物に適した環境が形成されます。典型的な樹種がアカマツです。いずれ説明しますが、アカマツ林は森林破壊の産物であり、アカマツしか生えない貧しい植生です。浮世絵などによく見られるように、日本人が原風景としてアカマツ林を好むということは、かつての日本の植生が非常に貧しかったことの何よりの証拠です。

広大な面積が荒地と化し、風雨により土壌が流出したりでもしない限り、利用を停止すれば植生は回復します。植生の回復の速さ、つまり図で植生が右に進む力は、おおよそ気温と降水量で決まります。そのため、北海道やシベリアのような寒冷地では伐採後の森林の回復が遅くなるため、伐採計画には慎重を要します。
もっとも、逆に熱帯多雨林では、気温が高いために微生物の活動が盛んで、落葉や枯れ枝などの土壌に供給された有機物がすぐに分解消失してしまい、もともと土壌がやせていること、スコールに代表されるように降水量が多すぎて土壌の流出が激しいことが理由で、積極的な植林を行わない限り森林の再生は難しくなります。

2.植生の利用

農村生態系でよく見られる植生は、上の図のはげ山〜薪炭林です。つまり、農村の植生を維持するには、上で述べたような撹乱(利用)を続けて遷移を止める必要があります。この利用による破壊と自然の回復の差し引きにより、植生が荒廃してはげ山になるか、回復して森林になるかが決まります。つまり、里山は近代以前の農業の存在が大前提となっている植生であり、利用と管理を続けなければ維持できない植生である、ということです。言い換えると、現代社会では化学肥料と化石燃料の普及により、里山を必要としなくなりました。残念ながら里山は消え行く運命にあります。里山を賛美する意見は強いのですが、全国的にまとまった面積の里山保全するのはもはや無理だと思います。しばかりをするおじいさんが消えた以上、里山も消えます。

(1)薪炭林の利用サイクル

里山のシンボルとも言える薪炭林は、文字通り薪や炭などの燃料を生産する林です。燃料は日々の生活で必要となる資源であり、また農村に貴重な現金収入をもたらす商品でもありました。そのため、薪や炭の生産性の向上のため、薪炭林に用いられる樹種は以下のような条件を満たす必要があります。

  • 成長が速い
  • 伐採後の切り株からの再生力が強い:種子を植えて新しく木を育てるより早い

このような条件を満たし、薪炭林を更生する樹種は、コナラ・クヌギミズナラ・カシワ・アベマキなどの落葉性ブナ類が全国的によく見られます。ブナが無難です。昆虫好きにはお馴染みの樹種です。九州や四国などの南西部では、温暖な気候に適したシイ類やカシ類などの常緑性ブナ類も見られます。*7落葉性のブナは秋に大量の落葉を出しますので、薪炭林は肥料生産の場としても重要でした。
薪炭林の利用サイクルを図示すると以下のようになります。

木は毎回大よそ同じ高さで伐採されるため、伐採と再生を繰り返した木は独特の形状を示します。クヌギではこれを「台場クヌギ」と呼びます。インドの山奥で修業したわけではありません。台場クヌギ画像検索
木の伐採を繰り返すと再生力が落ちますので、成長が遅くなった木は根ごと伐採し、種子を植えて新しく木を育てて同じサイクルを繰り返します。

(2)草原の利用

現在の日本では草原はほぼ消滅していますが、戦後しばらくまでは草原は様々な目的で利用されていました。統計値の信頼性の問題がありますが、江戸時代から明治時代初期の日本では国土面積の2-3割が草原だったようです。想像を絶する数字です。
かつての草原の用途は以下のようなものです。

  • 肥料:刈り取った草を農地に投入する。農地面積の10倍程度の草原が必要だったとされる。
  • 飼料:輸送・農耕に用いられていた家畜の餌となる。
  • 敷料:畜舎の床に敷き詰め、家畜の体が排泄物で汚れないように吸着させる。その後堆肥化されて農地に投入される。
  • 各種資材:茅葺き屋根、蓑、笠など。

現在では化学肥料が普及しました。家畜による輸送は自動車に、農耕は農業機械に変わりました。敷料はおがくずが主流です。金属や各種プラスチックが普及し、草を資材として用いることもなくなりました。薪炭林と同様に、草原も存在意義を失って消えゆく運命にあります。
参考:茶草場の伝統的管理は生物多様性維持に貢献(研究開発法人 農業環境技術研究所)
参考:阿蘇地域世界農業遺産 草原の維持と持続的農業


次回の記事では、

  • 気候が植生の種類に及ぼす影響
  • 日本の植生の分類
  • 日本の植生の種類が歴史に及ぼした影響

などを解説します。

いずれ使う写真がこちらです。先月のシルバーウィークに鎌倉で撮影しました。この2枚の写真をよく見れば、私の言わんとすることが予測できると思います。古い写真と比較してみて下さい。
長崎大学附属図書館 幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース 鎌倉地域

 

*1:詳しくは次回説明しますが、冬季の月平均気温が5℃を下回るか否かが重要な基準となります。

*2:日本海側の地域は世界有数の豪雪地帯なので、樹木は積雪の重さに耐えるために独特の樹形になります。

*3:黄砂の大きな発生源ですね

*4:いわゆる「鎮守の森」を礼賛する意見が専門の森林学者の間にも多いことにやや疑問を覚えます。最近の研究では鎮守の森も利用(破壊)を受けていて、極相林に近付き始めたのは明治時代以降だということことがわかっています。

*5:最近ではナラ枯れやマツ枯れが問題となっています。

*6:前回でも述べましたが、植生どころか土壌すら全く存在しない状態からどのように植生が回復するのか、というのは非常に面白いテーマです。森林学の教科書には桜島伊豆大島三原山の事例がよく出てきます。

*7:常緑性ブナ類は冬季の低温に弱いためです。