バッタもん日記

人生は短い。働いている暇はない。知識と駄洒落と下ネタこそ我が人生。

たかが論文、されど論文

科学の世界で何か言いたいことがあれば、「査読審査のある学術誌」に「論文」を投稿しなければなりません。科学の世界の鉄則です。論文を書かない人間には何も言う資格がありません。
ところが、トンデモさんはこれを全く理解してくれません。代わりに、次のような反論を行います。全て私がネット上で実際に受けた反論です。

○論文の書き方・投稿の仕方がわからない。
○学会誌が多過ぎてどこに投稿すればいいのかわからない。
○論文として掲載されても間違っている研究成果はある。
○論より証拠だ
(「証拠=論文」であることを受け入れられない)。
○文句を言う前に自分でも試してみろ(立証責任の転嫁)。
○論文を読むのは一部の専門家だけだ。自分はネット上で社会全体に広く情報を発信したい。
○論文を書く暇があったら一人でも多くの困っている人を救いたい。
○学会という権威にすがるのは権威主義、虎の威を借る狐だ。
○各自が自己責任で実践すればいい。信じるかどうかは個人の自由だ(責任転嫁)。
○自分が正しいかどうかを評価するのは科学者ではなく社会だ。
○賛同者が大勢いる。論文を書かなくても自分が正しいことは実証済みだ。
○科学の世界は利権に支配されているので定説に反する発見は排除される(陰謀論)。
○科学者は保守的だから自分の斬新な研究を理解できない(選民思想)。
○自分が正しいことは誰の目にも明らかなので論文など書く必要はない(誇大妄想)。
○企業秘密だから論文で公表することはできない。
etc……
何の意味もない反論、自分の主張に自信があるのかないのかよくわからなくなる反論ばかりです。自信があるならば論文を書いてグダグダ文句を言う連中をギャフンと言わせればいいのに、ひたすら詭弁を弄して逃げ回ります。

分野によって違いはありますが、科学論文には一般的に以下のような記述が要求されます。

○はじめに(Introduction)
研究を行った背景・目的を説明します。何が問題になっているのか、何がわかっていて何がわかっていないのか。どういう目的でどのような研究を行ったのか。などを説明します。
○材料及び方法(Materials and Methods)
実験や観察、調査を行った条件・手法を説明します。この部分に不備があると研究全体の信頼性がなくなりますので、できるだけ詳細に記述する実用があります。
○結果及び考察(Results and Discussion)
実験や観察、調査の結果の分析や考察を行います。ここでは既存の研究成果との比較が必須です。既存の成果と矛盾する結果が出た場合、合理的な説明を考えなければなりません。また、今後の研究で解明すべき点などを挙げます。

論文を書かない人は上のような説明・考察を全く行わないので、現状の理解ならびに自分の研究の客観的評価が全くできません。
また、「実験」と称して色々行っていますが、設定条件や手順などの手法が科学実験としての基準に全く達していないので、「実験」と呼ぶに値しません。つまり、上記の「材料及び方法」の部分がデタラメなのです。はっきり言ってしまえば、小中学生の夏休みの自由研究レベルです。

なお、上にも書きましたが、「論文になっているからと言って常に正しいとは限らない」と反論する方は少なからずいます。これは批判として妥当ではありません。「論文として掲載された研究成果は全て正しい」と考えている人間はいません。論文が批判されることなど普通にあります。
科学の世界で論文が学会誌に掲載されるということは、査読をパスするというあくまで最低限の基準を満たしたに過ぎません。評価を受けるのはまだまだこれからです。相撲の世界で例えると、「力士として土俵に立つことを許された」という程度です。まだ実際に相撲を取ってはいません。論文を書かない人は、土俵に立つどころか相撲部屋に入門を許されていません。新弟子検査すら受けていません。したがって、評価に値しません。
科学の世界に入り込んでいながら科学の世界のルールを守らないのでは、無視されて当然です。「科学者ではないから科学のルールを守らなくてもよい」という言い訳は無意味です。

科学の世界で既存の研究に反する主張を行うということは、乱暴な言い方をすると、「科学者に喧嘩を売る」ということに他なりません。論文を書かないということは、その喧嘩から逃げるということで、ただの卑怯者です。